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北陸文化

【百万石文化】名宝雄弁 武士の歴史 石川県立美術館

「天下五剣」の一つと名高い「太刀銘光世作」

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 前田育徳会(東京)が持っている武具、甲冑(かっちゅう)、美術・工芸品、書などをかつてない規模で紹介している展覧会「加賀前田家百万石の名宝」(石川県立美術館)。文化庁や宮内庁などから借りたものを含めると、国宝は十五件、重要文化財が三十五件に上る。これらの「名宝」から、武士(もののふ)の姿が浮かび上がる。

 「太刀 銘光世(みつよ)作」。十一世紀の刀工、光世の銘がある唯一の太刀で、「天下五剣」の一つ。室町幕府を開いた足利尊氏以来、足利家に伝わり、十五代将軍義昭が豊臣秀吉に、そして加賀藩祖前田利家に与えたという。

「末森の合戦」で利家が身に着けたという胴丸具足

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 正宗(まさむね)、義弘(よしひろ)という名だたる刀工による刀も並ぶ。それらは徳川家の娘を前田家に嫁がせた際の引き出物だったり、秀吉の死後に形見分けで前田家に渡ったものだ。作り手、来歴とも国宝にふさわしい。

 贈答用ではない合戦に使われたものも陳列される。北陸の覇権をめぐり、佐々成政(織田信長の家臣)と雌雄を決した一五八四年の「末森の合戦」で利家が身に着けたという胴丸具足(重要文化財)。漆を塗って金箔(きんぱく)を押してあり、今も金色の輝きを放つ。翌年に成政攻めで加賀入りした秀吉を迎えた際に利家が来ていたという大型の陣羽織(重文)もあり、「生き証人」ともいうべき物がずらり。

紀貫之の原本を藤原定家が書写した「土佐日記」

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 天下人の象徴ともいわれる茶器も。室町十三代将軍足利義輝が持っており、織田信長らをへて秀吉から利家に渡った大名物「茄子(なす)茶入 銘富士」(重文)だ。「天下の三茄子」といわれ、形、風格から「富士」との銘がある。秀吉が死ぬ一年前の一五九七年に利家に贈ったもので、秀吉が利家に天下を託した証(あかし)とも受けとめられてきた。

 これらは、乱世に命のやりとりをした者だけが持ちうる品々だろう。

 貴重本のコレクションも目を引く。紀貫之の原本を藤原定家が十三世紀に書写した「土佐日記」(国宝)。現存しない貫之の自筆本の内容を今に伝える。この本は一六二九年に将軍徳川家光、前将軍秀忠が江戸・本郷の前田邸を訪れた際、飾られた。当時、連歌師が持っていたが、三代前田利常が求めたという。

天下人の象徴ともいわれる大名物「茄子茶入銘富士」

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 十二世紀の能書家が書いたと考えられる「万葉集巻第三・巻第六残巻」(国宝)、現存する写本で最も古いといわれる「枕草子」(重文)なども陳列される。前田家が収集してこなかったら、現代の研究に支障を与えたものもあるだろう。これらの収集、保存に前田家の存在意義をかけるようなものを感じさせる。

 「豊臣政権下では拮抗(きっこう)する勢力だった徳川氏に服属したことで、前田家には幕府に怨嗟(えんさ)の感情と無念の思いがあったことは疑いない。全国最大の大名としてのアイデンティティーの確立と、怨嗟の感情を昇華する方策として打ち出したのが文化だった」。村瀬博春学芸第一課担当課長はそう指摘している。展示は六月七日まで。 (沢井秀和)

 

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