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北陸中日美術展

北陸中日美術展50年を回顧

独自の作風が展開され、今年で半世紀の歴史を築いた北陸中日美術展=金沢21世紀美術館で

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 本紙が主催する「北陸中日美術展」は、今回で50回を数えた。北中美展には草創期から、独自の“理念”と言えるものがあった。東京から審査員を招くことで、情実を排し実力により当落を決めること。選考委員は変わっても、この理念に変更はなかったように思う。これまでを振り返る(敬称略)。(今宮久志)

独自の作風蓄積豊か

実力備えた表現者たち

アート界で幅広く活躍

 通算三十年にわたって審査員を務めた針生一郎(故人)の言葉が、今も耳に残る。「評価の定まったものではいけない」。手垢(あか)のつかないテーマを、独自の手法や感性で表現することの大切さを、針生は説いていた。

 その意にかなった作品が、第二回の大賞作「親切な逆夢」だった。受賞者は森本紀久子。金沢美術工芸大彫刻科四年だった。ベニヤ板にクレヨン、インク、水彩、岩彩、油彩、鉛筆を使い豊かな色づかいで、めくるめく夢の世界を描いた。針生は「いろんなセンスを作品にぶち込んでいるのがおもしろい。希少価値の画家だ」と激賞した。

第2回の大賞作、森本紀久子さんの「親切な逆夢」

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 これに促されるように、独自の世界を追求する作家が輩出した。八田豊、奥田きく子、番匠建次、島屋純晴、中川洋など。開光市の洋画「朝の模様」(二十七回)、山本基の洋画「生命I」(三十一回)もそうだ。

 金沢美大生だった山本の作品は、審査員が一目みるなり「賞候補!」の声があがった。若い女性を胸高に抱えあげる男性。「病中の妹を思いやる作品」と山本は話している。思いがストレートに現れ、伝わってきた。

 これ以後、二十歳代の受賞は、三十四回の鈴木浩之、三十六回からは原崇浩、児島新太郎、小林利幸、株田昌彦と続いた。

第27回の大賞作、開光市さんの「朝の模様」

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 応募者たちは、仕事や勉強の合間に描き、出品した人が大半だったろう。「先輩の美術教員から勧められて出品した」と、中学教員だった開。最初はそうでも、審査で認められ励まされて、アートに邁(まい)進することになったケースも少なくない。

 開は洋画家として進んだ。国画会を舞台に活躍するが、今や人気作家の一人。人体の自在な構図で独自の世界を構築している。洋画から別の展開をみせた山本は、塩を素材に心象の表現者として世界を回っている。ほかに母校の金沢美大や高校などで教える人。個展やグループ展を通じ作品を発表する人。それぞれがアートを豊かにしてくれている。

 北中美展の五十年は独自の作風の歴史でもある。残念ながら入賞・入選者全員の名前を列挙できないが、それぞれに新たな作品世界を発表してもらいたい。

 

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