クロード・モネ≪睡蓮≫(部分)1906年、油彩・カンヴァス、吉野石膏株式会社(山形美術館に寄託)

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睡蓮へのまなざし(下)

2018年4月21日 中日新聞朝刊

時間とジャンル超え 重なる関心

 「印象派の巨匠」であるクロード・モネの現代性について触れた前回(20日付朝刊)に続き、今回は、この画家が生まれた背景を考えてみよう。そこには、18世紀後半から欧州で進んだ社会の近代化がある。

クロード・モネ「睡蓮、水草の反映」1914−17年頃 ナーマッド・コレクション(モナコ)

クロード・モネ「睡蓮、水草の反映」1914−17年頃 ナーマッド・コレクション(モナコ)

 印象派が登場したのは19世紀のフランス。人口が急増し、鉄道の整備も進み、大都市が生まれる最中にあった。王侯貴族たちの力もなくなる中で、画家たちの関心は、歴史や宗教といった旧来の主題から「今を描くこと」へと向かう。そこからサロン(官展)を脱した新しい絵画運動として、印象派が台頭した。

 その流れを、『怖い絵』などの著書がある西洋文化史家の中野京子さんは「さまざまな要因が絡み合い、起こるべくして起きた“革命”だった」と説明する。

 要因の一つは、芸術にまつわる産業技術の進化だ。とりわけ絵画の世界に大きな影響をもたらしたのは、屋外で使えるチューブ式の絵の具と、写真の発明だといわれる。

 新しい絵の具を用いた写生は、自然光というモチーフにつながった。そして現実を高度に再現できるカメラの誕生は、写実を追究してきた絵画の存在意義を脅かすことにもなった。「何をもって写真との差を出すか。一番はタッチだったと思う。何を描くかより、どう描くかが重要になってきたのです」と中野さん。

 一方で、絵画にできて、写真にはできないことも、考えてみれば多い。写真のほうも、絵画の影響をうけながら、芸術の一つのジャンルとして進化してきた。

 では現代の写真家は、絵画を、モネを、どう意識しているのだろう。

鈴木理策さん 連作写真「水鏡」

 「モネ それからの100年」展への、鈴木理策さん(54)の出品作は「水鏡」と題した連作の写真だ。水面に浮かぶ睡蓮(すいれん)の葉と、そこに映り込む空や木々が収められている。モネの「睡蓮」へのオマージュにも見えるが、それを意識して撮られたものではない。鈴木さんは「言われてみれば、そうだったという感じ」と話す。

鈴木理策「水鏡14,WM−77」(2014年、作家蔵)©Risaku Suzuki,Courtesy of Taka Ishii Gallery 「水鏡14,WM−79」(2014年、作家蔵)©Risaku Suzuki,Courtesy of Taka Ishii Gallery

鈴木理策(左)「水鏡14,WM−77」 (右)「水鏡14,WM−79」(いずれも2014年、作家蔵)
©Risaku Suzuki,Courtesy of Taka Ishii Gallery

 むしろ最初にあったのは「見るという行為」そのものへの関心だという。例えば湖を見る時、人の目は、水に映る景色、水面、水の中という三つの層を行き来して、景色を認識する。「でもカメラは、そのどこかにピントを合わせるしかない。だから写真として表れるイメージは、私たちが肉眼で見る経験とは、ギャップが生じるんです」。ピントの置き方の違いによって、違う事実が見えることを示したのがこの連作というわけだ。

 「けれどモネは、この三つの層を一枚の絵に同居させている。だから鑑賞者は、自分の記憶の中にある水面を呼び起こすことができる。モネはイメージを描いたように思われるけれど、実は、見ていることを忠実に描いているのだと思いますよ」

 睡蓮の浮かぶ池というモチーフに引き寄せられ、最晩年まで水に映る光の見え方を追究した「巨匠」。時を飛び越え、水面を介して、現代の表現者との共通項が浮かび上がる。 (中村陽子)

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