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宮城・南三陸  清水(しず)団地プロジェクト2018東日本大震災「こころの復興」支援ボランティア活動報告名古屋学芸大学・名古屋外国語大学 宮城・南三陸  清水(しず)団地プロジェクト2018東日本大震災「こころの復興」支援ボランティア活動報告名古屋学芸大学・名古屋外国語大学

 東日本大震災の被災地支援活動を続けている名古屋学芸大学(愛知県日進市)の学生ボランティア10人が、震災から7年目の3月9〜12日、宮城県南三陸町の志津川地区を訪問。津波の被害を受け、高台に移転した清水(しず)団地で、住民の健康づくりやコミュニティー再生をお手伝いしました。「こころの復興」を願う学生たちは住民宅に分散してホームステイし、活動しました。現地から届いた活動報告を紹介します。名古屋外国語大学マスコミ業界研究グループの学生2人も同行し、支援活動を取材。現地で号外を発行・配布しました。併せて紹介します。

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 11日午前、餅つき準備班を残して、ウオークラリーに出発! チェックポイントではクイズやパズルを出題。みなさんの笑顔が印象的でした

 清水団地の皆さんが昔、衣装を手作りしてよく踊ったという「島のブルース」。震災で衣装はなくなったそうなので、キャンディレイを作りました。一緒に踊り、集会所には笑顔があふれました(佐藤理恵子)

 11日は午前中からお餅つきの準備で調理をしていました。作ったものは、仙台で有名なずんだ餡と東北地方の伝統料理であるふすべ餅、八丁味噌を使った味噌だれ、愛知県のお雑煮風のお汁です。八丁味噌は愛知から持って行きました。午後の本番では、ついたお餅を丸めるのを、住民のおばちゃんたちが手伝ってくれました。住民の皆さんが「おいしい」とおかわりをたくさんしてくださる様子を見て、やってよかったと感じました。帰り際、住民の方から「作ってくれたもののレシピがほしい」と言ってもらえました。事前に試作をして考えたかいがあったなとうれしく思いました。また、管理栄養学科の学生として「これからも頑張ろう」というモチベーションにも繋がりました(佐藤彩乃)

 10日昼、清水団地の皆さんの健康測定イベントをしました。測定したのは、骨密度や体組成、体脂肪などです。嬉しかったのは、チラシを配るときにお家にうかがったおばあさんがイベントに来てくれたことです。「昨日家行ったの覚えてる?」と聞くと「覚えてる」と答えてくれました。おばあさんは脳梗塞を患っているそうで、デイサービスでのリハビリで3年前から少しずつ話せるようになったそうです。健康測定が終わるとおばあさんが僕に話しかけてくれました。おぼつかない口調でしたがはっきり聞こえました。「らいねん、くる?」と。僕は元気いっぱいに「はい!絶対来ます!」と答えました。(秋山隼大)

 ○…現場では「あら?、久しぶり!」というあいさつも聞かれました。散歩に行って転んでは大変だと、出歩くことを自重するお年寄りも多いと聞きました。一方で、海が見えるところに集まって話すのが楽しみだとも。あまりにも多くを奪った津波ですが「海の仕事」に関わる人の多いここでは、やはり皆さん海を離れては生きられないのだと、強い印象を受けました。畏怖するべき対象ですが、そんな海とともに暮らして来た年月を思い、この集落の強さのような芯を感じました(同行の冨安由紀子教授)

 ○…塚原丘美教授によると、60〜90代の30人が測定を受けましたが、健康度は良好とわかりました。むしろ、測る側だった若い学生たちの方がややデータが悪いとか。若いころから漁業に携わり、魚介類や海草などを豊富に摂る食生活。これが高齢になっても筋肉や骨密度を高めているのだそうです(同行の小島一彦・広報参与)

 9日は、10日の健康測定と11日のウオークラリーと餅つき大会を案内するチラシを配りました。被災したときのことを話してくださった方もいらっしゃいました。

 石巻市の大川小跡地。津波で多くの子どもたちが亡くなりました。跡地は保存されることになっています。

 名古屋から夜行バスなどを乗り継ぎ、宮城県南三陸町の志津川地区に到着。現地はあいにくの小雨。ここがボランティア活動の拠点となります。

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 清水団地最高齢の渡辺市之進さん(93)に、震災体験を聞きました。

 7年前の大震災発生時、渡辺さんは自宅に一人でいて、近くの高台にあるJR清水浜駅に避難しました。予想以上の大津波が押し寄せてきたため、数人で駅舎から裏山伝いに道なき道を登り、海から離れた神社まで逃げたそうです。津波はその後、駅舎の屋根を越え、駅に上る鉄骨の階段はグニャグニャに壊れました。

 復興にしてもお祭りにしても、住民皆で一致団結することが必要だ、とおっしゃいます。今回、名古屋学芸大生たちが企画したようなイベントで皆が集まる楽しい機会は必要だと感じました。

 渡辺さんは若いころ、遠洋漁業の漁師としてハワイ沖までマグロやサケ・マスを追ったそうです。50代半ばで船を降りてからは地元の神社の祭りを取り仕切る総代などの役を務め、地域に貢献してきました。今も非常に元気で、毎日の散歩は欠かさないそうです。

 渡辺さんの震災体験や清水団地のこれからを、以前の志津川地区の様子とともに名外大マス研新聞の記事にするつもりです(袴田蓮哉)

 ○…大津波のお話は、想像をはるかに超えるものでした。清水団地で聞くからこそ、ここにあれ≠ェ来たのか、こんなところで一日を過ごしたのか、と津波の恐ろしさをよりリアルに感じました。

 団地に移り住んですっかり暮らしぶりが変わった今の様子に、渡辺さんは「昔のように祭ごとでみんなを盛り上げたい。だけどみんなが生活に精一杯で余裕がない。だから、こうやってイベントをやってくれるのはうれしい」と話してくれました。

 私はこれまで「心の復興」の意味を知った気になっていただけで、その本質を理解していなかったんだ、と気付かされました。被災地で私たちがやれることはまだまだたくさんあるんだと感じました(河野琴美)

 11日午前、清水団地内と近くの神社を回るコースでウオークラリーを行いました。お年寄りだけでなく子どもたちも含め20人ほどが参加してくれました。私たち学生も加わり、一緒にお話をしながらのんびりと歩きました。天気がとても良くてウオークラリー日和でした。各ポイントでは名古屋めし、ゆるキャラ、おもちについてのクイズやパズル、じゃんけんをしました。名古屋めしのクイズは簡単かなと思っていたのですが、あまり「西の方」には行かないという人が多く、難しかったようです。思っていた以上に、じゃんけんが盛り上がりました。最後の方になるにつれてみなさんの笑顔が増えていきました。盛り上がりを感じることができ、とてもうれしかったです(野島さくら)

 10日朝、ステイ先のお家での朝ごはんです。震災当時のお話を聞きながらの食事でした。震災直後、多くの人々が行方不明の親族や流された自分の家を探す中で、がれきに埋まった物品やお金を探す目的で来る人がおり、がれきの中のバッグや財布は全て開封されていたそうです。「自分ごと」と「他人ごと」でこれだけの差がある事に衝撃を受けました。「震災ではその人そのものが出る」と聞きました。今までメディアで見てきた「東北大震災」は自衛隊の救助活動やボランティアでの支援などの美しい光景ばかりでしたが、その裏で人間の弱みや欲深さが垣間見えた一瞬でもあったことを心に刻みます。もし私の周りで窮地に立たされる人がいたときは、迷わず手を差し伸べられる人間でありたいと思いました(秋山隼大)

 10日朝、清水地区の久須志神社に行ってきました。明日予定しているウオークラリーイベントの下見です。階段の上ぎりぎりまで津波が届いたそうです。写真はその階段の上から撮りました。左上に見える木々が生えてる奥側が清水団地です。高台であることが分かります。津波が来ても安全な場所といえるでしょう。

 神社の脇で、ふきのとうを見つけました=円内。春の訪れです(佐藤理恵子)

 9日の夕食は、ホームステイさせてもらう家の方々と一緒に食事会でした。自己紹介をしたり、お話をしながら楽しくご飯を食べました(野島さくら)

 9日は雨の中、石巻市の大川小学校と門脇小学校、日和山公園、女川町地域医療センターを視察しました。

 大川小は津波で多くの子どもたちが流されてしまったと聞いていました。渡り廊下が崩れかかっている様子や、屋上にあるメガホン型スピーカーの歪みなどから、恐ろしさがうかがえました。

 高台から景色を見ていた時、自分たちが立っているところまで津波がきたと知りました。距離も高さも「ここまでは来ないだろう」と思うほどでしたが、その時も同じように思っていた人たちが被害に遭われたのだなと感じました。

 門脇小は火事で校舎が燃えてしまいましたが、ほとんどの子どもたちが避難して助かったそうです。校舎は焼けたままでした。同じ災害でも被害に違いが出ることを痛感しました(大山揚実)

 10日昼も、別メンバーが被災地を視察しました。私たちは背中に「名古屋学芸大学」と書かれたジャケットを着ていたのですが、出会った人々はそれを見て「名古屋から来たの?」「被災地を見て回ってるの?」などと声を掛けてくれ、私たちが質問をしなくても震災当時のお話をたくさん聞かせてくれました。見ず知らずの私たちにここまで語ってくれるのは、被災した方々が「ここであった悲劇を世間の人々に伝え続ければならない」という使命を無意識のうちに感じているからではないでしょうか(秋山隼大)

 9日、清水団地に8人が到着しました。集会所で10日に予定している健康測定の準備をしています。骨密度や筋肉量の測定をします。健康づくりはまず自分の体を知ることから、です。現地は小雨が降っていますが、それほど寒くありません。志津川駅から清水団地へは、塚原丘美教授が車で2回に分けて送迎してくださいました。塚原先生は、大学のある愛知県日進市から機材を積んだ車を長距離運転してきました。

 先発組7人は8日、名古屋駅から午後9時30分発の夜行バスで仙台駅へ向かいました。到着は翌午前6時50分。雨は降り続きました。ちょっと狭かったため、よく眠れない学生もいたようですが、予定通りに到着=写真。簡単に朝食を済ませ、新幹線で到着した学生たちと合流し、バスで宮城県志津川町へ向かいました。

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