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記者たちの戦後経済秘史

主な出来事と経済秘史年表

主な出来事

経済秘史

昭和15

9月、日独伊三国同盟締結

松下電器産業が海軍の依頼で爆撃機「明星」完成

政府の要請で、国民学校でドングリ拾いが奨励される。爆撃機用アルコールや軍需用タンニン抽出が狙い戦争動員、悲しき紙芝居<木村留美>

ぜいたく禁止令が発令、金沢の金箔も製造・販売が制限される輝きが秘める金箔哀史<石井真暁>

1941

昭和16

12月、真珠湾攻撃、
日米開戦

夏陸軍の情報機関「秋丸機関」の経済学者らが米国の資源力の強大さを示す報告書作成「戦うのか」…知識人の苦悩<今村節>

真珠湾攻撃時、軍の士気をそがないよう大蔵省が取引所と結託して、株式を買い支える戦時相場と官製相場<稲田雅文>

1942

昭和17

6月、ミッドウェー海戦

軍需工場の指定を受けた日本楽器製造(現ヤマハ)がプロペラを大増産今も響く平和の旋律<瀬戸勝之>

1943

昭和18

兵器や物資を購入するために、同盟国のドイツへ金塊を潜水艦で輸送

物資が不足する中、海軍が松下電器産業(現パナソニック)の家電量産技術に目をつけ、木製爆撃機を製造させることを決定「軍極秘」…証言を求めて<望月衣塑子>

1945

昭和20

8月、広島・長崎へ原爆投下、同月終戦。9月、連合国軍総司令部(GHQ)主導の改革開始

鉄かぶとから鍋など改造品が売れる

富士重が前身、中島飛行機の爆撃機「銀河」尾輪を利用し、ラビットスクーターの試作品を作製。発売後大人気に

終戦と同時に国民が預金引き出しに走り、大量のお札が必要に。ミツマタ産地の愛媛県新宮村(現四国中央市)は増産に追われる復興支えた山村<小柳悠志>

治安維持法違反で逮捕された杉浦正夫が横浜刑務所から釈放され労組合法化を受け、印刷・出版の労働組合結成を働き掛ける激しかった労組弾圧<大森準>

NHKのラジオ公開録音で並木路子さんが「リンゴの唄」を歌いながらリンゴを配ると奪い合いに。戦中、リンゴの木が伐採され、リンゴは現在価値で1個5000円もする超高級品だった

中国・上海の紡績会社「豊田紡織廠」専務だった西川秋次(後に豊田自動織機幹部)は敗戦後も現地にとどまり、中国人従業員に技術指導鎧兜を脱ぎ捨てて<石井宏樹>

豊田自動織機の専務だった石田退三(後のトヨタ自動車工業社長)がGHQと粘り強く交渉し、織機の輸出許可を得る「会社は負けぬ」…反骨の人<平井良信>

1946

昭和21

2月、新円切り換え、預金封鎖。12月、鉄と石炭の増産図る傾斜生産方式実施

政府はインフレ対策と説明したが、積み上げた財産をいっぺんに失って失意する人々も多かった戦後の苦境、聞きながら涙<須藤恵里>

1947

昭和22

3月、農地改革始まり、自作農増える。

小作農を助けた大地主<網信明>

4月、団体交渉権など保障する労働三法そろう。12月、財閥解体開始

金沢市の加賀種食品工業が戦争で中断していた最中の皮の生産を再開したが、材料調達に苦労

経験者たちの重い言葉<上田融>

住友生命社長に44歳の芦田泰三氏。旧経営者がGHQにより追放され、飛び級抜てきされた若い「三等重役」が続々誕生

1948

昭和23

古野電気工業所(現古野電気)が旧海軍のソナー(音響探測機)を転用した魚群探知機の開発に成功、世界で初めて製品化

荒廃からの反発力<中村彰宏>

1949

昭和24

2月、緊縮政策「ドッジ・ライン」

金融引き締めを受け、東大生経営のヤミ金融「光クラブ」繁盛。東大生は逮捕され自殺

昭和25

6月、朝鮮特需。鈴木式織機(現スズキ)で激しい労働争議

対立を描く難しさ<矢野修平>

トヨタ工場に米軍検査官が常駐し軍需用トラックの工程を厳しくチェック苦境が鍛えた競争力<後藤隆行>

1951

昭和26

9月、サンフランシスコ講和条約

1954

昭和29

神武景気始まる。高度経済成長幕開け

1955

昭和30

1月、労働組合により春闘開始。11月、自民党結成

東京都世田谷区桜新町の商店街に新潟県・高田(現上越市)からの中学卒業直後の十数人が就職。集団就職の始まり

  • スズキがスズライト発売。日本初の量産軽自動車

  • ソニーがトランジスタラジオ発表

  • 東芝が世界初の自動式電気炊飯器発売

1956

昭和31

7月、経済白書「もはや戦後ではない」と記述。真意は「戦争直後のような順調な成長は、もう期待できない」という警鐘で、成長持続のため技術革新の重要性を訴えていた

国を案じた名ぜりふ<山口哲人>

この年水俣病患者を公式確認

「技術革新せねば失速するというのが執筆者の後藤さんの真意だった」(後輩の話)

1957

昭和32

5月、東京・有楽町にそごう東京店オープン

そごう宣伝部が米映画ヒントに「有楽町で逢いましょう」のコピー発案。歌にもなり、東京店は人気にヒット曲が街を変えた<池井戸聡>

  • ダイハツミゼット発売

1958

昭和33

岩戸景気始まる

東明商行がインスタントラーメン「長寿麺」発売。サンシー殖産(現日清食品)の「チキンラーメン」より数カ月早く、幻の元祖即席ラーメン春秋時代<白山泉>

  • 東明商行がインスタントラーメン「長寿麺」発売

  • 日清がチキンラーメン発売

広告代理店、宣弘社がテレビ番組「月光仮面」制作。テレビがCMを流す広告媒体として注目されるきっかけに

  • ホンダがスーパーカブ発売し、ヒット

  • 富士重が軽自動車、スバル360発売。テントウムシの愛称で親しまれ、ヒット

  • 立ち食いずし店を経営していた白石義明氏が近鉄布施駅前に「廻る元禄寿司」オープン。回転ずしの第1号に

1959

昭和34

4月、皇太子夫妻のご成婚ブームでNHKのテレビ受信契約200万台突破

就業者に占めるサラリーマン(被雇用者)が初めて半数を超えたのを受け、61年植木等さんの「スーダラ節」ヒット

昭和35

6月、新安保条約自然成立、岸首相退陣表明
12月、池田内閣「国民所得倍増計画」決定

  • タカラがだっこちゃん発売。大ブームに

1962

昭和37

2月、東京が世界初の1000万人都市

このころ、全国の炭鉱の閉鎖が相次ぎ、労働者は転職を迫られる。失業者の一部は政府に勧められ南米への移住も

  • 国産機YS11発飛行

1964

昭和39

10月、東海道新幹線営業開始。東京オリンピック開催

  • 東海道新幹線営業開始

  • シャープが世界初の電卓CS−10A発売。重さ25キログラム、価格53万円と乗用車並みに高価だった

1965

昭和40

5月、山一証券を日銀特融で救済。秋からいざなぎ景気、約5年間続く。テレビ、クーラー、乗用車の消費ブーム。ごみ急増とハエの大量発生で、東京の処分場「夢の島」に重油を散布、焼き払う

ごみと戦う経済成長<曽布川剛>

1967

昭和42

9月、三重県四日市市で全国初の大気汚染訴訟

戦争と公害…「空気」が支配<渥美龍太>

今村昌平監督の映画「人間蒸発」公開。経済成長優先社会の一方で、行方不明になる人が増え「蒸発」が流行語に埋もれてきた「生きづらさ」<神野光伸>

1968

昭和43

この年日本のGNPは世界第2位

栃木県矢板市がシャープ工場を誘致。地域名を創業者・早川徳次の名字にちなむ「早川町」に変更。60年代、企業や製品の名前をつけた市や町が各地に誕生未来に自信、太陽光<伊藤弘喜>

  • 大塚食品が世界初のレトルトカレー「ボンカレー」発売。20人の社員が全国9万5000枚のホーロー看板を張り歩く

昭和45

3月、大阪万博開幕。
富士製鉄と八幡製鉄が合併し、新日本製鉄が発足

昭和46

8月、金とドルの交換停止によるニクソンショック。1ドル=308円に。円高で自動車輸出は苦闘。輸出が主力だった静岡・清水のツナ缶は国内市場の開拓に乗り出す

世界見据えた先見性<西山輝一>

苦境が鍛えた競争力<後藤隆行>

1972

昭和47

6月、田中角栄通産相が日本列島改造論発表。9月、田中首相が訪中し、日中国交正常化実現

  • ホンダ開発のCVCCエンジンが米国の厳しい大気汚染防止規制を世界で初めてクリア。シビックに搭載

1973

昭和48

10月、第1次石油ショック。
11月、トイレットペーパーや洗剤の買い急ぎ広がる

戦争と公害…「空気」が支配<渥美龍太>

歴史の転換点に資源あり<福田要>

実際には日本の石油輸入量減らず。駐クウェート大使の石川良孝氏は「深刻にならない」との情報を上げるが生かされず

愛知県三河で、女子高生の冗談から信用金庫に取り付け騒ぎ。世の中に不安心理がまん延

1974

昭和49

戦後初のマイナス成長。
石油代替エネルギー開発のサンシャイン計画開始

未来に自信、太陽光<伊藤弘喜>

  • 東京都江東区にセブン─イレブン開店。24時間営業が日本で本格発展

1975

昭和50

合計特殊出生率1・91人と2人を割り込む

1976

昭和51

ロッキード事件で田中元首相逮捕

1978

昭和53

  • 三洋電機が「アモルファス太陽電池」発明

1979

昭和54

第2次石油ショック

  • ソニーがウォークマン発売。創設者・井深大氏の発案をもとにテープレコーダーから録音機能を取り、ステレオ再生に

昭和55

  • 東陶機器(現TOTO)がウォシュレット発売。男女300人の肛門の位置データを収集、洗浄角度や湯温の実験を繰り返した

1981

昭和56

三重県熊野市の平集落でキュウリを作らないというカッパとの約束が解かれキュウリ栽培開始。このころ全国の妖怪伝承が消えていった

1982

昭和57

11月、中曽根康弘内閣発足

戦後に生きた海軍ネット<坂田奈央>

電電公社(現NTT)、国鉄(現JR)などの民営化進む

1983

昭和58

4月、東京ディズニーランド開園

  • 任天堂が家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」発売

1985

昭和60

9月、米国経済救済のため「プラザ合意」

1987

昭和62

1月、円が150円突破。2月、日銀が公定歩合2・5%に。ドル下支えのためルーブル合意

1988

昭和63

6月、リクルート事件発覚

日銀、バブルを警戒しながらも利上げに動けず。大蔵省からの圧力と「地価上昇の経済に与える影響を分析しきれなかった」(元日銀理事の鈴木淑夫氏)

1989

平成1

4月、消費税導入(3%)。9月、ソニーが米コロンビア映画買収発表。12月、年末の日経平均株価終値3万8915円に。出生率1・57人まで低下し「1・57ショック」

少子化が「働き方」を問う<中沢佳子>

平成2

3月、不動産投資への融資を制限する総量規制導入。8月、イラクによるクウェート侵攻で湾岸戦争

平成3

海部内閣、少子化対策に乗り出すが、具体的な内容は乏しい結果に

1992

平成4

8月、日経平均株価が1万5000円割れ

1993

平成5

  • 青色発光ダイオード発売される

1994

平成6

2月、細川首相が7%の国民福祉税構想発表。批判強く翌日白紙に。12月、東京協和・安全の二信組の処理のため東京共同銀設立発表

1995

平成7

1月、阪神淡路大震災。8月、木津信組、兵庫銀行破綻。12月、住専処理のために6850億円投入決定

グリーンスパンFRB議長がひそかに米大恐慌時の手法が参考になると日銀・松下康雄総裁に助言したが、大蔵省・日銀は封印

1996

平成8

1月、村山首相退陣し橋本内閣発足

1997

平成9

4月、消費税率3%から5%に。11月、三洋証券、拓銀、山一証券が連続破綻

  • トヨタがハイブリッド車プリウス発売

1998

平成10

10月、長銀の一時国有化決定。12月、日債銀の一時国有化決定

1999

平成11

3月、大手15行に7・4兆円の公的資金を注入。8月、みずほ銀設立発表(第一勧業・富士・日本興業銀が統合)。10月、三井住友銀設立発表(住友・さくら銀が統合)

平成12

10月、三和・東海銀などがUFJ銀として統合発表

平成13

4月、小泉内閣発足

平成15

5月、りそな銀に1・9兆円の資本注入決定

2004

平成16

7月、三菱東京銀とUFJ銀が統合発表。12月、ダイエーを産業再生機構が支援決定

2005

平成17

10月、小泉内閣が郵政民営化決定

2006

平成18

9月、第一次安倍晋三内閣(翌年総辞職)

2008

平成20

9月、リーマン・ショック

2009

平成21

9月、民主党政権発足

平成23

3月、東日本大震災。福島第一原子力発電所で大規模な原子力事故発生

平成24

12月、民主党が衆院選で大敗し政権交代。第2次安倍内閣発足、「三本の矢」によるデフレ脱却打ち出す

2014

平成26

4月、消費税率を5%から8%に

2015

平成27

10月、環太平洋連携協定(TPP)大筋合意

  • H2Aロケットの商業利用開始

  • 三菱航空機MRJの試験飛行に成功

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