「迷駅」返上なるか リニア開業へ改善模索

名古屋駅を立体透視

2014年10月9日朝刊18-19面

 その構造の複雑さや規模の大きさから多くの利用者を戸惑わせ、「名駅」ならぬ「迷駅」とも称される名古屋駅。2027年に予定するリニア中央新幹線開業を控え、「迷駅」返上に向けた議論が進むが、まずは今の全容を知ることが必要。そこで、JRと名鉄、近鉄、名古屋臨海高速鉄道、地下鉄やいくつもの地下街が入り組む名駅の立体透視図を中日新聞が日建設計(東京)の協力のもと制作した。出来上がったその図は、まるで巨大なアリの巣のようだった。

 (社会部・杉藤貴浩)

リニアは桜通線の北側

 名古屋市の策定した「名古屋駅周辺まちづくり構想」に、各鉄道への乗り換え口につながる「ターミナルスクエア(仮称)」と呼ばれる広場を設ける案を盛り込んだ。いったん広場に出れば、各路線への案内が一目でわかるイメージだ。

名鉄が空港行きホーム検討

 名鉄は中部国際空港行き列車の専用ホームを設ける検討を進めている。現在は、空港行き列車と他の行き先の列車が同じホームに発着しており、特に外国や国内の他地域からの乗客などが間違わないよう配慮する。

再開発ビルも北側

 名駅周辺では、再開発により「JRゲートタワー」や「JPタワー名古屋」などが建設され高層ビル群が南北に連なる。買い物客や通勤客が大幅に増加することから、ビル群を段差のないペデストリアンデッキ(空中歩道)でつなぎ歩きやすい街にする案もある。

 とある平日の夕方、JR名古屋駅の新幹線改札に、キャリーバッグを引いたスーツ姿の男性三人組が立っていた。あたりをキョロキョロと見回し、歩みだす先を決めあぐねている。

 「みんな、名古屋は初めてなもので…」。三人組の一人、西隆宏さん(30)がため息をついた。岡山市からの出張で、地下鉄に乗り換えて栄へ行きたいという。

 とりあえずJRのコンコースを桜通口に向かって歩き始めた三人。方向は間違っていない。だが、次々と現れる案内板が、逆に一行を混乱に陥れていった。

 「←地下鉄桜通線」「↑地下鉄」。さらに進むと「→東山線」。そこに、「→名鉄線・近鉄線」などの表示も加わる。「どっちだ」「さっきと矢印の向きが変わったぞ」

 そして、桜通口を抜け、地下街に下りた三人は、「迷駅」を象徴するような案内板に遭遇し、しばし言葉を失った。

9路線乗り入れ

 国内の主要駅と比べても、名古屋駅に集まる鉄道路線の多様性は抜きんでている。

 1日に世界最多の約330万人が利用する東京の新宿駅は、乗り入れ路線数こそ名駅を上回るが、大都市間の高速輸送を担う新幹線がなく、13年後に開業予定のリニア駅にもならない。

乗り入れ比較表

 また、4本の新幹線が集まる東京駅には私鉄が乗り入れておらず、主にJR線間の乗り換えが中心だ。

 新幹線から国際空港への乗り換え駅という面では、羽田空港と直結する品川駅が名駅と似た存在で、ともに将来はリニア駅にもなる。ただ、品川駅は総路線数が名駅より3本少なく、地下鉄も乗り入れていないため、構内は比較的分かりやすい構造だ。

ステンショ

 そんな名駅の複雑化の源流は、1886(明治19)年に生まれた国鉄名護屋駅に始まる。

 当時、蒸気機関車が巻き上げる煙から、半ば迷惑施設とけむたがられていた鉄道。初代駅舎がつくられたのは、現在の名駅から南へ二百メートルほどの、アシが茂る笹島地区だった。名古屋城や当時からにぎわっていた大須などから離れた町外れ。人々も何とも気の抜けた名前で、のちの大ターミナルを呼んだ。「笹島のステンショ」

 ところが、日本の近代化とともに鉄道の重要性はどんどん増す。東海道線や中央線、関西線の集まった名駅は、見る見るうちに街の核の一つに育っていった。

 1937(昭和12)年、現在の地に「東洋一の規模」といわれた駅舎が新築移転。翌年には、その南隣地下に今の近鉄名古屋駅が誕生し、大手私鉄の発着駅という重みも加わった。

南東から

南東から見た名古屋駅地下の構造

紆余曲折

 さらにそこへ、愛知、岐阜県の中小鉄道が合併して生まれた名鉄も乗り入れを図った。当時の名鉄は名古屋中心部を挟んで北西と南東に別々の路線網を持っており、名駅で双方を接続させるのは悲願だった。

 同社の「名古屋鉄道百年史」によると、南東側からの名駅乗り入れルートは当初、現在の名駅通の地下を進み、国鉄や近鉄線とは余裕をもって建設されるはずだった。

 だが、そこに当時の名古屋市議会が「将来、市営地下鉄が乗り入れる際の障害となる」と横やりを入れる。困った名鉄は、国鉄から国鉄線の東側に沿った細長い土地の払い下げを受け、地下線路を通す計画に変更。41(昭和16)年、近鉄駅にくっつくように地下駅を開業させた。

 現在もホーム全体がカーブした名鉄名古屋駅は、まるで誕生までの紆余曲折を語るかのようである。

油断大敵

 戦後は、複雑化の駄目押しのような形で、地下鉄二路線や新幹線、名古屋臨海高速鉄道のあおなみ線などが加わり、これらをつなぐ地下街も増殖していった。

 名古屋駅の歴史と構造に詳しい交通ライターの徳田耕一さん(61)は「名駅は、決して広くはないスペースに国鉄(JR)や私鉄、地下鉄など事業主体の違う路線が集中し、乗り換えなどの計画性が不足したまま大ターミナルに成長した。思わぬところに通路や階段があり、太い柱が視界を遮ったりして、迷宮のような印象を強めている」と解説する。

 さて、冒頭で栄を目指した三人組。なんとか正解の地下鉄東山線までたどり着いたが、島式ホームなのに上下線の列車停止位置がずれているという独特の構造を知らず、危うく逆方向に乗り込みそうにもなった。

 「名古屋駅は、最後まで油断できん」と西さん。額には汗。新幹線改札前からは、実に15分がたっていた。

 立体透視図は、JR東海、名鉄、近鉄、名古屋市への取材に基づいて制作。見やすくするため、高さを強調し、縮尺を縦3、横1の比率にした(建物の縦横比率は1対1)。リニア中央新幹線の部分はJR東海の公表資料をもとに想定した。色区分は、乗客らの利用状況を踏まえ、独自に色分けをしたもので、財産区分を示すものではない。

中日新聞 CHUNICHI WEB