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荒木2000選手本安打特集
荒木2000選手本安打特集

2017年6月4日

4回裏、荒木が右前打で通算2000安打を達成、花束を楽天の星野仙一球団副会長(右)から受け頭をなでられる=ナゴヤドームで(篠原麻希撮影)

4回裏、荒木が右前打で通算2000安打を達成、花束を楽天の星野仙一球団副会長(右)から受け頭をなでられる=ナゴヤドームで(篠原麻希撮影)

語った22年の努力 肩痛め胃壊しても打撃練習

 努力の人が、栄光をつかんだ。中日・荒木雅博内野手(39)が3日の楽天戦(ナゴヤドーム)、4回に美馬から右前打を放ち、プロ野球48人目の通算2000安打を達成した。初安打は1997年6月11日の広島10回戦(広島)で高橋建から。「外れの外れ」ドラフト1位で96年に入団し、当初5年間でわずか15安打だった男が、7年目の2002年に好守、俊足を武器にレギュラーをつかんで着実にヒットを積み重ねた。超一流の仲間入りを果たした荒木が、その野球人生を自ら語った。

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荒木雅博選手 手記

 ホッとしました。結果出さないのに2000本近いから使ってもらっているんじゃないかと考えた時期もあって、それが今年一番の苦しみでしたね。きょうのヒットは「ちょっとタイミング早いな」と思ってバットを止めたらいいところ飛んでくれた。うるっとは来たけど、涙は最後までこぼれなかったですね。試合後のスタンドからの「荒木コール」はありがたかった。応援に来てくれたお客さんには負け試合で申し訳ないという思いで、ベンチを出て四方に頭を下げました。


 この2000安打には、本当に縁を感じています。実は95年のドラフト前、中日からは4位指名の予定と聞いていました。一方で、横浜からは3位。当時の星野監督がくじを2回外して「外れ外れ1位」で指名してもらえなかったら、中日には入団していなかった…と思うと、本当に意味深い。他の球団に行ってたら今はもうやっていないかもしれない。

 だけど1位指名には、正直「やめてくれ。そんな選手じゃない」って思いました。そんな経緯で入団した当初、打撃で「前に飛ばない」「内野の頭を越えない」とバカにされていました。でも劣等感はなかった。他人と比べるのではなく「僕は今はここなんだ」と、毎日を精いっぱいやろうと思っていました。

 そんな僕がどうやってプロ野球の世界ではい上がって来られたのか。それは、マイナスをなくして平均値に持って行くよりは、プラスを伸ばしていこうという考え方があったからです。特に下積み時代にお世話になった仁村徹2軍監督とお兄さんの薫コーチには、自分が生き抜く方法を突き詰めさせられました。

 まずは足。「おまえの生きる道はそこしかない」と言われ、「じゃあ日本一の代走になろう」と誓いました。敵地でのダイエー(現ソフトバンク)との2軍戦後、雁の巣球場で50本くらい、二塁からホームに帰る練習をやらされて。それが10ゲーム差を逆転して優勝した11年9月23、24日のヤクルト戦での2試合連続の本塁決勝ヘッドスライディングにつながりました。

 守備でもそう。二塁手になりたてのころ、ぼてぼての三塁線の当たりで三塁手の一塁悪送球を想定してカバーに入り、フェンスに当たる前に直接捕る練習に取り組みました。仁村徹さんからは「高木守道さんはやろうとしてできなかったけど、荒木の足ならできる」と言われて。実際にできたのは08年7月の阪神戦。チェンのバント処理の悪送球を捕り、ユニホームがビリビリに破れたことを覚えています。3年間で1回あるかないかのプレー。人によっては気付かれないかもしれない。だけど自分がそれを怠ったことで試合を落とすことはしたくない。そういう気持ちでやってきました。

 球団史上最多の281犠打を記録していることも自分らしい点。打てなくてもバントという役割があって、打ってくれる周りの人のおかげで試合に出られた。3、4、5番の人が打つ2000安打とは違うと思います。



入団時の監督、星野仙一さんから花束

 この試合2打席目、4回1死無走者。荒木がグリップ1つ分以上余して短く握ったバットを美馬の初球、外角球にぶつけるように合わせると、ハーフライナーの打球が右翼手前ではずんだ。

 交流戦初戦から5試合連続安打と、ノンストップで偉業達成。大歓声に包まれた荒木に、大きな花束を抱えて近づいてきたのは、入団時の監督だった楽天・星野仙一副会長。花束を受け取り、肩を抱かれて祝福されると、とたんに荒木の目が真っ赤に染まり「半分、泣いてました」。星野さんも「18歳の頃から知っていて、ウルっとくるよ」。どちらにも感激の瞬間だった。

 楽天戦で達成という運命的なタイミング。テレビ中継のゲスト解説を務めていた星野さんは荒木の打席のたびに、放送ブースを抜け出し、グラウンド入り口で待機していた。

 「入団した頃は、1000本打てればいいかなという選手だったが、あいつはバット振りまくった。よし、使ってやろうかなという気持ちにオレをさせたな」と星野さん。恩師から「『まだまだだぞ』と言われた」という荒木は、試合後も感慨深そうだった。
 (2017年6月4日付 中日スポーツより抜粋)


1997年6月11日 初安打

1997年6月11日
初安打

2005年4月15日 500安打

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500安打

2008年6月21日 1000安打

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1000安打

2011年9月11日 1500安打

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