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【大相撲】

稀勢引退会見、一問一答 1番の取組は横綱昇進決めた17年初場所の白鵬戦

2019年1月17日 紙面から

現役引退の記者会見を終え、花束を手にする横綱稀勢の里=両国国技館で(神代雅夫撮影)

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 記者会見で引退を表明した稀勢の里は、時折潤んだ目元をぬぐいながら17年間の土俵生活を振り返った。一問一答は次の通り。

   ◇   ◇

 −今の心境は

 稀勢の里「横綱として皆さまの期待に沿えられないということは非常に悔いが残りますが、私の土俵人生にとって、一片の悔いもございません」

 −思い浮かぶものは

 「たくさんの人に支えられた。いろいろな顔を思い出しますし、本当に感謝の言葉しかないです」

 −引退を決意したのは

 「やりきったという気持ちが一番最初に出ました」

 −どんな土俵人生だった

 「本当に、いろいろな人に支えられて、本当に1人じゃここまで来られなかったと、そう思いますし、本当に感謝の気持ちでいっぱいです」

 −一番心に残っていることは

 「ありすぎて、なかなか思い出せませんが…。やはり稽古場がぼくを強くしてくれたので、稽古場の思い出というのが今でも残っています」

 −横綱審議委員会(横審)から「激励」を受けた

 「覚悟を持って、場所前から稽古してきました。自分の中で、これでダメならという気持ちがあるくらい、いい稽古をしました。その結果、初日から3連敗して、自分の中では一片の悔いもありません」

 −状態はどうだった

 「けがをして以来、自分の中では一番いい動きができていたので、自信を持って臨みました」

 −2年前の新横綱場所で左大胸筋を痛めた。あのけがの当時の状況や感じたことは

 「一生懸命やってきましたが…(視線を落とす。涙をぬぐう)」

 −回復は

 「そうですね…。徐々に徐々に良くなっては来ましたが、自分の相撲が取れなくなっているのは…。けがをする前の自分に戻ることはできなかったです」

 −けがとの戦いが2年間続いた。どういう思いで横綱を務めてきたか

 「このまま、潔く引退するか。でも、こうして横綱に上げてもらった。いつも稽古場で自問自答していましたが、やはりファンのため、そして応援してくれる方のために相撲は続けようと。そういう判断がありましてやってきましたが、このような結果になってファンの人たちには申し訳ないという気持ちです(目元をぬぐう)」

 −先代の師匠(元横綱隆の里)の教えで心に残っていることは

 「先代は稽古場というものを非常に大事にしていましたので。稽古場というものを、今後、次世代の力士に大事さを教えていきたいです」

 −先代にはどういう言葉で引退を報告しますか

 「本当に感謝の気持ちを伝えたいです」

 −先代からは横綱に昇進すると見える景色が違うという言葉をかけられてきた。実際にどう感じるか

 「大関と横綱というのは、本当に全く違うものでした。ですが、まだまだ、先代の見ていた景色は、まだ見えていないです」

 −取組で、この一番というものを挙げるとすれば

 「2017年(初場所)の横綱を決めた(横綱に昇進することが決定的になった)後の千秋楽、横綱白鵬関との一番です」

 −その理由は

 「11年に大関へ昇進した時には千秋楽、琴奨菊関に負けました。その悔しい思いを胸にしまって…(目をぬぐう)。次に昇進する時は、絶対負けないという気持ちで臨んだ一番でした」

 −土俵人生で貫いた信念は

 「(しばらくの沈黙を経て)絶対逃げない。その気持ちです」

 −日本人横綱として期待を背負ったことは重圧になったか

 「あの声援の中で相撲を取るということは、本当に力士として幸せなことでした。本当にいい思い出です」

 −17年間の力士人生で誇れるものは

 「一生懸命相撲をとってきたこと。ただそれだけですね」

 −初優勝の時の国歌斉唱やパレードなどのうち忘れられない光景は

 「天皇賜杯をいただいた時です」

 −どんな力士を育てたいか

 「一生懸命相撲をとる力士。そして、けがに強い力士。そういう力士を育てていきたいです」

 

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