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【大相撲】

<はなわの相撲ヲタク対談>常幸龍、13場所かけ再十両

2018年9月2日 紙面から

十両復帰を果たした常幸龍(左)を祝福するはなわ=東京都墨田区の木瀬部屋で(斉藤直己撮影)

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 少年時代に大相撲のおっかけをしていた常幸龍は、夢の舞台でエリート街道を突き進んでいた2015年初場所で右膝前十字靱帯(じんたい)を負傷。その影響で16年夏場所後に幕下へ落ちました。家族がいる身。それでも師匠の木瀬親方(元幕内肥後ノ海)、真美夫人、4歳になった長男・心絆(しんば)君、2月に生まれたばかりの次男・日彩(ひいろ)ちゃんや後援者らに支えられ秋場所で14場所ぶりに十両へカムバック。はなわさんが復活へのドラマを聞いてきました。 (構成・岸本隆)

 はなわ「再十両おめでとうございます! ずっと応援しながら見てました。少し時間がかかりましたね」

 常幸龍「丸2年と1場所。自分でもすぐ戻れると思ったんですけど」

 はなわ「3年前の初場所、息子さんの1歳の誕生日に初金星。その場所で右膝をけがした。そこからけがとの闘い」

 常幸龍「けがの具合に加えて早く戻りたいという気持ちがあって。生活もありますし。部屋の人たちに置いていかれないようにという気持ちもあった。どうしても力が入ってしまいました」

 はなわ「一昨年6月に右膝を手術された」

 常幸龍「最初は手術は回避しようと。そしたらまた痛めちゃって。やるしかない、やっちゃおうかなと。土俵に上がるのが怖かったんで。前十字が切れて半月板も割れてました」

 はなわ「はあー」

 常幸龍「グラグラでした。勝てなくて相撲が嫌いになるというか」

 はなわ「負の悪循環ですね」

 常幸龍「手術しないまま頑張って、とりあえず十両落ちないよう頑張るというのが先だったんですけど、さすがに膝も限界だったんで」

 はなわ「三段目まで落ちて、よくそこから」

 常幸龍「子ども、家族がいますし。このままでは終われないという気持ちがあったんで」

 はなわ「奥さまも励ましてくれて」

 常幸龍「子どもも嫁もですね。あと1番勝てば十両復帰というの多かったんで。ほんとに申し訳ないというか、家に帰るのが…。何より応援してくれるファンのみなさんが声をかけてくれてたんで。1人でもいるファンのためにも頑張らないといけないと」

 はなわ「デビューがすごかったから。連日ニュースなってました。まだ記録ですよね。デビューから27連勝。6場所で十両。新入幕も9場所。相撲人生は順調すぎるくらい順調だった」

 常幸龍「ただ単に早く上がりたいと。同級生の千代大龍が付け出しだったし」

 はなわ「これで三役戻ったらドラマですね」

 常幸龍「次は栃ノ心関の記録(低地位からの三役復帰で戦後1位)を抜ける。そこをモチベーションに」

 はなわ「奥さんからは何か」

 常幸龍「まだまだだよって(笑)。ここがスタートラインだよって」

 はなわ「2人目のお子さんが誕生して」

 常幸龍「上の子は4歳なんでもう分かる。子どもに勝ってる姿を見せてあげたい」

 はなわ「関取は昔から大きかった」

 常幸龍「小さかったんです。中3くらいから大きくなって」

 はなわ「本当は呼び出しになりたかったと」

 常幸龍「体は小さかったけど相撲に携わる仕事をしたいなって」

 はなわ「どうして相撲が好きに」

 常幸龍「おじいちゃん、おばあちゃんが相撲好きだった。相撲取る方じゃなくて見る方でした。お相撲さんが好き、みたいな。まわりは遊戯王のカードを持ってたけど、ぼくだけ相撲カード持ってた(笑)。カメラ持って追っかけしてました」

 はなわ「木瀬部屋にはどういう経緯で」

 常幸龍「師匠が日大だったし。自分が大学2年のとき父親亡くして。そのとき学生横綱になって付け出しの資格持ってたんで、どうしようかな、プロにいこうかなという気持ちもあった。その話を聞いて師匠がわざわざ通夜まで来てくれて。情の厚い人だと。行くなら木瀬部屋に行こうと決めました」

 はなわ「息子さんは将来力士に」

 常幸龍「本人がやる気ないんですよね。最初まわし買ってくれって言われて買ってあげて。今は仮面ライダーばっかりです」

 はなわ「でも好きになるでしょうね。二代目常幸龍。夢があっていいですね」

 はなわ「幕下だと生活費も大変」

 常幸龍「今までの蓄えと、支援してくださる方もいらしたので。迷惑かけた分恩返ししなきゃと思います」

 はなわ「実力は間違いなくあるし。ついにあがってきたなって感じ」

 常幸龍「手術してよかった。あれだけ好きだった相撲が嫌いになっちゃったこともある。台風が来たら中止になんないかなとか(笑)、国技館行きたくないなって」

 はなわ「大学2年生のとき中退する気持ちはなかった?」

 常幸龍「ちょっと頭にありました。付け出しの資格を使おうかと。母親を助けてあげたいというのがあったけど、大学いくとき父親から何があっても4年まで頑張れと言われてたので。そこだけは頑張らないといけないと」

 はなわ「前相撲から6場所で新十両。今回は13場所かけて再十両」

 常幸龍「今の方がきつかった。入門したときは自分のことだけ考えればよかった。結婚すると自分だけじゃなくなりますからね。きつかった。喜びは今回の方が大きいですけど」

 はなわ「これからの目標は」

 常幸龍「まずは幕内復帰。次は三役。最終的には、この世界入ったからには優勝したいという気持ちありますよね」

 はなわ「見たいっすねえ。栃ノ心関みたいなこともあるから」

 常幸龍「頑張ればできるんじゃないかと肌で感じましたし。あと、三賞がないんでほしいっすねえ。相撲マニアとしては三賞がほしい(笑)。盾とトロフィーほしいですね。うちの部屋はまだ三賞力士がいなので」

◆はなわの独り言 苦労の味を知って、ますます魅力的な力士になっていました

 元三役の力士が三段目まで落ちて十両に復帰したのは常幸龍関が初めてでした。けがはどうなんだろうとずっと気になってましたが、あきらめないで見事な復活を果たしました。こんなにうれしいことはありません。

 けがをしていたころ大好きな相撲が嫌いになったと話していました。大相撲はそれくらい大変なんですね。2月に第2子の次男が生まれたそうです。ぼくも3人の男の子を持つ親として、これからもずっと応援したいです。子どものためにっていうのは力になりますからね。

 日大相撲部時代は学生横綱のタイトルを獲得したエリート。前相撲から史上最速の6場所で新十両を決めました。今回は14場所ぶりでしたが、苦労の味を知ってますます魅力的な力士になっていました。

 それにしても常幸龍関が少年時代に大相撲のおっかけをやってたなんて知らなかったです。力自慢の子どもかと思ってました(笑)。

<常幸龍貴之(じょうこうりゅう・たかゆき、本名・佐久間貴之)> 1988(昭和63)年8月7日生まれ、東京都北区出身の30歳。188センチ、166キロ。埼玉栄高から日大。大学2年で学生横綱を獲得。2011年の技量審査場所で木瀬親方の内弟子として北の湖部屋へ入門。序ノ口デビューから27連勝は史上1位。前相撲から所要6場所で新十両、同9場所で新入幕も史上1位のスピード出世。最高位は小結。家族は真美夫人、長男、次男。

 

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