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【首都スポ】

[陸上]新谷仁美、30歳の再出発 5年ぶり現役復帰!陸上女子1万メートル

2018年12月25日 紙面から

走り込む新谷仁美=東京都内で(川村庸介撮影)

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 陸上女子のロンドン五輪1万メートル日本代表で、今年6月に5年ぶりに現役復帰を果たした新谷仁美(30)=ナイキTOKYO TC。今月13日にオーストラリアで行われた競技会の1万メートルを31分32秒50で制し、来年の世界選手権(カタール・ドーハ)の参加標準記録(31分50秒00)を突破した。再び世界での戦いに挑む新谷の現役復帰後の心境、競技に対する思いなどを聞いた。 (川村庸介)

 日本歴代3位の30分56秒70で5位入賞を果たした13年世界選手権モスクワ大会以来となる1万メートルで、来年の世界選手権の参加標準記録を突破。5年以上のブランクを考慮すれば見事な復活にも見えるが、新谷は「普通にきつかった。1万を走る脚ではなかった。ギリギリのライン。最低限のことかな。(5年前と比べて)5から6割ぐらい。標準記録は普通に考えれば誰でも切れる記録」と、好記録にも厳しい自己評価を下した。その一方で「言い訳がましいけど原因が分かって良かった。今後につながる」と前向きさも見せる。

 1度はピークを迎え、そして燃え尽きた5年前。その比較に誰よりも向き合い、あらがっている。「周りがモスクワの時の私と今を比べるのは普通のことだし、自分が周り以上に5年前の自分を意識している。5年前、25歳の私を超えたいし、決着をつけたい。25の自分が亡霊みたいで邪魔だなというのがある」と正直に吐露する。

 全盛期があったアスリートなら誰もが直面する壁。時に過去の呪縛から逃れられず苦しむ選手もいる。5年ものブランク、30歳という年齢があればなおさらだ。それでも復帰すると決めたからには言い訳はしない。

 「締める時は締める。あの時は中途半端な辞め方をしたので、その意味でも決着をつけたい。やるならやる、やらないならやらない。決めた時点で自己責任。性格的にも後先考えないで突っ走ってきた人生なので」。何よりも結果にこだわるプロ意識でここまで戻ってきた。

 もっとも30歳という年齢による難しさは否定する。

 「年齢を気にするのは鏡の前に立った時だけ。シミが増えたなとか、乾燥しやすくなったなとか(笑)。夜遊びに行く体力もなくなった」

5年ぶりの復帰レースとなった日体大記録会3000メートルで力走する新谷(川村庸介撮影)

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 冗談めかしながらも「一般的に考えれば30歳はまだまだ若い。陸上をしていく上で体力がないと感じることは1つもない。勢いは失ったかもしれないけど、経験がある」と日本の第一線で世界を目指す以上、年齢は関係ないというスタンスは貫く。レーススタイルも「前の方で走るのが私のスタイル。自分でリズムを作って走れるのが私の強み。変えるつもりはない」と、かつてのように前半から果敢に先頭を引っ張るスタイルを貫くつもりだ。

 引退の原因ともなった右足底の故障とは、今も戦いを余儀なくされている。「完治はしていない。今も痛い」と包み隠さず打ち明ける。その一方で「あの時の痛みを10とすれば今は1か2ぐらい。これが理由で走れないということは100%ない」と言い切る。5年前は痛みを1人で抱え込み、耐えきれず、そして競技から離れた。今は前800メートル日本記録保持者の横田真人コーチ(31)らチームメートの支えもあり、痛みと向き合いながらも一歩ずつ前に進んでいる。

 当面は来年1月の都道府県対抗女子駅伝を東京都代表として走り、その後は4月の兵庫リレーカーニバルを経て5月の日本選手権(大阪・ヤンマースタジアム長居)で世界選手権代表を目指す。「結果を出してこそアスリート。出なければ、不良品。記録会だろうが世界選手権、オリンピックだろうが、決まった大会で最初から最後まで全力を尽くす」。世界を相手に9500メートルまで先頭を引っ張った5年前より進化し、覚悟を決めてもう一度世界に挑む。

<新谷仁美(にいや・ひとみ)> 1988(昭和63)年2月26日生まれ、岡山県総社市(旧山手村)出身の30歳。166センチ、43キロ。岡山・興譲館高では全国高校駅伝1区で3年連続区間賞を獲得し、3年時は同校の初優勝に貢献。2006年に豊田自動織機に入社し翌07年には第1回東京マラソンを初マラソンで優勝。12年にユニバーサルエンターテインメントに移籍し、同年ロンドン五輪では1万メートル9位。1万メートルで日本歴代3位の30分56秒70で5位入賞を果たした13年世界選手権を最後に現役引退し、今年6月に復帰した。

<番記者メモ>「走るのは大嫌い」でも「ここが自分のいる場所」

 じっくり話を聞いたのは13年8月以来5年ぶり。イケメン、ブランド物が大好きで、時に自らを自虐的に語りながら笑いを取るというインタビューは当時と全く変わらなかった。もちろん結果に対して誰よりも厳しいという競技への姿勢も。

 もともと「走るのは大嫌い。楽しめない、しんどいと思っている。一生、死ぬまで好きになれないと思う」と公言してはばからない。それでも走る世界に戻ってきた。引退後、会社員として事務に従事する中で、得意分野を仕事にできるありがたみを肌で感じたという。「悔しいけど、ここが自分のいる場所だと思った。仕事としては心地よいのかもしれない」。走ることは仕事だと割り切るからこそ、好き嫌いを超越して再び身を投じた。

 型破り、周囲を気にしないとっぴな発言は毎度のことだが、一方でレースを1周ごと、1秒ごとに克明に振り返ることができるのは、それだけ真剣に競技に取り組んでいるからこそ。レースも、インタビューも、いい意味でわれわれを驚かせてくれる。復帰を歓迎しているのは、私1人ではないはずだ。(川村庸介)

ロンドン五輪女子1万メートル決勝 ゴール後、声援に応える(左から)吉川美香、新谷仁美、福士加代子=五輪スタジアムで(川柳晶寛撮影)

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 首都圏のアスリートを全力で応援する「首都スポ」。トーチュウ紙面で連日展開中。

 

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