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【首都スポ】

[テニス]杉田祐一 進化の理由を恩師に聞く 湘南工大付高テニス部・山室総監督

2017年10月4日 紙面から

ツアー優勝で世界ランクも急上昇!!今季大躍進を遂げた杉田祐一=神奈川県鎌倉市、三菱電機関東テニスクリニックで(河口貞史撮影)

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 男子テニスのアンタルヤオープン(トルコ、6〜7月)でATPツアー初優勝を飾った杉田祐一(29)=三菱電機。松岡修造、錦織圭に次ぐ日本男子史上3人目となるツアータイトル獲得で、自身初めて世界ランキングトップ50を突破、日本人歴代2位の44位(当時)を記録した。錦織に続く偉業を成し遂げた遅咲きの29歳は、どのようにして出現したのか。その背景を探るべく、湘南工科大付高時代の恩師、同校教諭でテニス部の山室智明総監督(52)に話を聞いた。 (フリージャーナリスト・辛仁夏)

 今年のウィンブルドン1回戦で四大大会初勝利を挙げた後、杉田は自身のブログで「私のテニス人生において本当に多くの影響を与えてくださった尊敬する先生」と書いいる。それが、高校のテニス部で指導を受けた山室総監督(当時男子部監督)だった。

 −今年、杉田選手がブレークしました

 山室総監督「すごくうれしいです。本当に日本で育った選手なので、そういう意味ではいままでいない選手ですし、日本に拠点を持つ選手たちに夢の実現ができると思わせてくれる選手だと思います。高校時代は気持ちの波が激しかったですが、ジュニアの頃から持っていた天才的な力を、ここに来てコンスタントに出せる選手になってきたのかなという気がします」

 −一番成長したのは?

 「まさにメンタルだと思います。高校時代はうまくいかないときや結果が出ないときの落ち込み方が激しいのが祐一でした。全くもう、こちらが何か言っても反応がないくらいで、メンタルがいい時と悪い時では、かけ離れた姿を見せていました」

 −今年のウィンブルドンでは大きなプレゼントをもらいましたね

 「今回、テニスの聖地での観戦は初めてで、これ以上ないタイミングで杉田の1回戦(突破)を観戦することができました。そこで感じたことは、本当にたくましく成長して風格があったなと。昨年食事をしたときに『本戦ストレートインできるランキングになったら行くよ』と話していて、それが実現しました」

 −ウィンブルドン前には、トルコでのツアー初制覇もありました

 「びっくりしましたね。これまで(日本人で)2人しかなし得ていないツアー優勝を彼がやった。うれしいのは当然なんですけど、信じられないくらい興奮しましたね」

 身長170センチ前半ながら、足のサイズが29センチもあったという当時の杉田は、骨太でけがの少ない選手だった。恩師の前で悲願の初勝利を挙げるなど、芝コート遠征で大きな成果を残した、今の杉田があるのは、山室総監督が3年間、徹底的に取り組ませた基礎づくりだった。

 −高校時代はどんな選手でしたか? もうだいぶ前のことで覚えていらっしゃらないかもしれませんが(笑)

 「よく覚えていますよ(笑)。忘れられないですよね。一見ソフトで良いお坊ちゃんなんですけど、そのつもりで入っていくと大やけどします(笑)。とにかくプロ志向が強かった子で、その領域に入るとすごく生意気で、自分のこだわりがあるんです。僕がやっていることに疑問を感じたら、それに対して『なぜ、そうなんだ』『なぜ、それをやらなければならないのか』と、ぶつかってきました。テニスの技術やセンスをみても、すごく可能性があるなと指導し始めた頃から思っていましたし、ピカ一でしたね」

 −その才能を開花させるためにどんな指導を?

 「世界を知らないし、世界の最先端の技術も戦略も知ることができなかった僕が教えることができたのは、徹底的に基礎をたたき込み、仕込みをすること。同じ打点で同じ軌道のボールを何百本も打てるようなベースづくりをしました。僕の使命だと思ってやりましたし、大きなベースができたと思っています」

 −だから、フォームもショットも無駄がなくて崩れにくいんですね

 「そうであったらいいですね。高校時代は勝負師で試合が好きでしたから、基本的な反復練習が面白くなくてしょうがなかったようですが、ブレのない形をつくるためには絶対に必要でした。だから、話し合う時間は結構長かったですが、僕のやり方に納得すれば、やる子でした。のちのち強くなると信じて、僕は彼にボール出しをずっとやり続けました。それは決してマイナスにはなっていないと思っています」

 同じリズムで低い弾道のショットを打ち続ける杉田の強みは、高校時代に培ったたまものに違いない。海外選手たちと比べ、上背がなく、それほどパワーもないが、自分のテニスが通用する手応えはつかんだようだ。

 −そのプレースタイルを駆使して今後、より上のステージで飛躍できそうですか?

 「自分のテニスをすれば勝てるという確信を持ち始めているようなので、本当に楽しみです。36歳のフェデラーも続けていますから、本当に何年もいまのような活躍を見ていきたいですね。1つでも上のランキングにいってもらい、錦織選手のようなインパクトのある成績を出すことも可能だと思うんです。これではいけないのですが、最近は祐一が負けてしまうと大会への興味がなくなってしまうんですよ(苦笑)。今後は、日本テニスの代表として活躍することでさらに磨かれて、テニス選手として人間としてもっともっと大きく羽ばたいてもらいたいです」

<山室智明(やまむろ・ともあき)> 1965(昭和40)年6月24日生まれの52歳。札幌市出身。湘南工科大付高テニス部総監督。9歳でテニスを始め、25歳まで選手を続けた。指導歴は今年で25年目。モットーは「納得できるまで基礎づくりを徹底してやる」。

◆“純国産プロ”の成功例

 9月で29歳になった杉田祐一は、トップ50突破が今年の目標だった。アンタルヤオープン初優勝で、世界ランクが自己最高の44位に。世界が一変するようなインパクトのある活躍に自身も周囲も驚いた。

 「新たなレベルアップのステージに来たが、まだここからという感じで攻め時だと思う」

 日本を練習拠点にして日本リーグにも参戦するなど、テニスの世界では珍しく「日本産」のプロとして成長してきた。

 「ベースはもちろん日本なので、僕が伝えられることはここからすごく大きくなってくる。今後の成績次第では、たくさんの日本で育つジュニアのためになるし、大きな勝負であるかなと思う」

 昨年から今年にかけて世界で活躍するまでになったが、鳴かず飛ばずの苦しい時期も経験。それでも腐らずに愚直にテニスに取り組んできたのは、周囲の強力なサポートがあったおかげだ。

 「(周囲に)助けられたということが一番にある。本当にたくさんの人が助けてくれて、目指したかったステージにいま行けている」

 遅咲きの選手だが、所属先の豆谷智治監督が言う「特殊な育ち方」の好例としても、注目と期待が集まる。

 「初めてトップ50の壁を越えて、世界と渡り合える状況まで来ているので、いまが勝負。グランドスラムでいい成績を出したいし、(錦織に)少しでも近づける状態にあるので、ここは本当に全力で追いかけて行きたい」

 四大大会でシードが取れる32位以内を次なる目標に掲げ、さらなる活躍を誓う。

<杉田祐一(すぎた・ゆういち)> 1988(昭和63)年9月18日生まれの29歳。仙台市出身。176センチ、67キロ。7歳でテニスを始める。神奈川・湘南工科大付高2年だった2005年に全国高校総体シングルス優勝、団体3位。翌06年10月に18歳でプロ転向。10年と12年に全日本選手権優勝。16年2月に京都チャレンジャーで優勝し、初めて世界ランキングトップ100を突破。同年リオデジャネイロ五輪2回戦敗退(ベスト32)。今夏のアンタルヤオープンでATPツアー初優勝を飾り、世界ランク44位と初めてトップ50入り。最新ランクは自己最高の40位。

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