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【首都スポ】

[バレーボール]二枚看板の柳田&石川 世界へ羽ばたけ、独&伊でプレー

2017年8月7日 紙面から

世界を見つめ続ける男子バレーボール日本代表の石川祐希(左)と柳田将洋=東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで(北田美和子撮影)

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 NIPPONの2枚看板が世界へ羽ばたく−。2015年ワールドカップ(W杯)からバレーボール男子日本代表(愛称・龍神NIPPON)のエースとして活躍する柳田将洋(25)=TVインガーソル・ビュール、慶大卒=と石川祐希(21)=中大。昨夏のリオデジャネイロ五輪出場を逃した悔しさを糧に、さらなるレベルアップを求め、今季、柳田はドイツ、石川はイタリアで世界の猛者と渡り合う。日本代表の両エースが海外でのプレーを決めた理由、そして20年の東京五輪。さらにその先の未来へ向け、それぞれが描く将来像を語る。 (フリーライター・田中夕子)

◆柳田(慶大卒) ドイツで奮闘「海外でプレーすることを当たり前に」

 男子バレー日本代表にとって今季初の公式戦となったワールドリーグ。国内初戦となった6月9日から11日に高崎アリーナで開催された試合で、最も気を吐いたのが柳田将洋だった。

 圧巻は同10日のスロベニア戦。相手のマッチポイントから大逆転勝利をもたらしたのは、柳田のサーブポイントだった。

 「回ってきたらエースを取れるな、って思いました。本当に取れて、気持ち良かったですね」

 今まで以上に結果にこだわる理由もある。今年4月にプロ選手として海外移籍の意向があることを表明し、6月にはドイツ1部のTVインガーソル・ビュールへの移籍を正式発表。15年のW杯後から描いていたプロ契約、海外移籍を同時に果たした。

 「プロとしてバレーボールに集中したいのが一番。でも何より、日本の選手が海外でバレーをすることを、もっと当たり前にしたい、という思いが強くありました」

 サッカーや野球と比べ、海外でプレーするバレーボール選手は圧倒的に少ない。そのため「海外へ行く」と表明すると、必ず「海外挑戦」や「武者修行」と言われる。それが、柳田は嫌だった。

 「海外でプレーすることを特別視しすぎていますよね。もちろん誰もが行けるわけではないですが、海外も日本も地球全体がバレーボールをするための環境だ、というぐらい、普通のことにしたい。その先頭に自分が立ちたい、という思いも、少なからずあります」

 東京五輪までの限られた時間の中で、何ができるか。1つのステップが海外移籍であり、その先に見据える未来がある。

 「東京五輪はめちゃくちゃ大事な大会ですが、僕にとってまだ、ゴールではありません。次の2024年のオリンピックの出場権を自分たちの力でとって、2大会連続でオリンピックの舞台に立ちたい。そのために今は一歩ずつ、階段をつくって上っている感じですね」

 自らを突き動かし、道を切り開く。先駆者として走り続ける覚悟だ。

<柳田将洋(やなぎだ・まさひろ)> 1992(平成4)年7月6日生まれの25歳。東京都江戸川区出身。186センチ、78キロ。ウイングスパイカー。東京・東洋高では主将でエースとして活躍し、全国高校選抜優勝大会を制覇。慶大からサントリーに進み、2013年から日本代表に選出された。15年のW杯では主力として活躍、今年6月にドイツ1部のTVインガーソル・ビュールへの移籍が発表された。「最後の晩餐(ばんさん)もおいしいすしが食べたい」と話すほど、すしが大好物。

◆石川(中大) イタリアでもう一度勝負「ダメなら実力がないということ」

 勝負所になると、いつも戦闘モードのスイッチが入る。1日にインドネシアで行われたアジア選手権決勝。日本はアジア王座を懸けてカザフスタンと対戦。第1セットから、石川祐希の放つサーブは、前日までとは明らかに威力が違っていた。

 「疲れはあるし、モチベーションを保つのも難しかったけれど、でもやっぱり、負けたくないですよね。そう思うと、自然に力が入ります」

 今の自分よりも少し先を行く相手と戦う時のほうが燃える。それが石川だ。だからいつも、一歩先を求め、厳しい環境で勝負したい、と願う。

 昨年末の全日本大学男子選手権で、入学以来負けなしの3連覇を達成。直後にさらなるレベルアップを求めて、イタリアセリエAのトップバレー・ラティーナに渡った。「スタメンを取って活躍したい」と公言してきたが、渡航直前に負ったけがの影響で、チームに合流後、約1カ月を棒に振った。

 「ただでさえシーズン途中から合流して、出遅れているのにけがしちゃって。もう一度、ちゃんと勝負したいな、という気持ちはありました」

 来春には中大を卒業するが、石川が選んだのはまずは昨季同様、ラティーナでプレーすること。

 「今度は最初から勝負できるので。ダメならダメで自分の実力がないということ。白黒はっきりするだろうな、と思ってまた同じチームに行こうと決めました」

 以前は東京五輪に対するイメージも漠然としていたが、今は違う。

 「オリンピックの前年は勝てるチーム、強いチームでプレーしたいです。それは日本でも海外でも同じ。オリンピックは常に勝負がかかる試合が続くので、そこでしっかり戦えるように、上位争いの厳しさを経験しておきたいですよね。やっぱり将来は世界でも『石川はトッププレーヤーだ』と言われる選手になりたいですから」

 描く未来に目が輝く。きっとその将来はそれほど遠くないうちに訪れるはずだ。

<石川祐希(いしかわ・ゆうき)> 1995(平成7)年12月11日生まれの21歳。愛知県岡崎市出身。192センチ、84キロ。ウイングスパイカー。愛知・星城高2年時から全日本高校選手権など主要タイトル3冠を2年連続で達成。主将でエースとして活躍し、卒業後は中大へ進学。2014年に日本代表に選出され、同年イタリア・セリエAの強豪モデナに短期留学。15年のW杯で活躍、16年からは同じくセリエAのトップバレー・ラティーナでプレーした。「聞かれるのが一番困る」と言うほど趣味がないという。

連覇を果たしたアジア選手権で優勝メダルを手にする石川(左)と柳田=インドネシア・グレシックで(田中夕子撮影)

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◆エースでライバルも普段は仲良し

 7月24日から8月1日までインドネシアで開催されたアジア選手権で、日本代表は2大会連続9回目の優勝を決めた。

 スリランカやベトナムなど格下との対戦が続いた序盤は「サーブレシーブが全然ダメ」と苦笑いの石川に対し、柳田はジャンプサーブで次々得点を挙げ、勝利に貢献した。それでも笑いながら「主役は彼ですから」と柳田が話したように、徐々に調子を上げた石川が、大会MVPを受賞した。

 エースとしてはライバルでもある2人だが、普段から仲が良く、柳田いわく、「石川は僕のことを全然先輩と思っていません(笑)」。

 日本からアジア、そして世界へ。日本が誇る両エースの挑戦は続く。

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