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【芸能・社会】

ハマの海に送られ歌丸さん告別式 生涯現役…2500人が別れ

2018年7月12日 紙面から

「横浜の海」をイメージした桂歌丸さんの祭壇と遺影=横浜市の妙蓮寺で(五十嵐文人撮影)

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 慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため2日に81歳で死去した落語家の桂歌丸(本名椎名巌=しいな・いわお)さんが会長を務めた落語芸術協会と椎名家による合同告別式が11日、横浜市の妙蓮寺で営まれ、協会員や関係者ら1000人と一般のファン1500人が弔問に訪れた。最高顧問の桂米丸(93)、落語協会会長・柳亭市馬(56)、「笑点」代表の林家木久扇(80)が弔辞を読み、生涯現役を貫いた噺(はなし)家の偉大な功績をたたえた。

 生粋のハマっ子だった歌丸さん。祭壇は約3000本の白菊とコチョウラン、カスミソウ、青のベルフィニュームで故人が愛した横浜の海をイメージした。遺影には2015年8月に国立演芸場で高座に上がった際の写真を、喪主の冨士子夫人と長男が選んだ。

 その遺影に向かって最初に語りかけた米丸は、歌丸さんが「新作落語に自信がないので古典落語をやりたい」と真剣なまなざしで訴えてきたエピソードを話した。歌丸さんは後に古典落語の本格派となり、66年に放送が始まった日本テレビ系「笑点」で大喜利レギュラーとして頭角を現した。

 晩年は酸素吸入器をつけて高座に上がり続けた歌丸さんに「真心を感じたんです。この人は死ぬまでやると。その真剣さにほろりとしました。テレビ局でヒットを飛ばし、自分の好きな古典落語もじっくりとやる。お見事でした」とたたえた。

 その「笑点」を代表して木久扇も歌丸さんの遺影と向き合った。6月20日にお見舞いに行くと、「パンダの食事はパンだ」とダジャレの文言が書かれた紙を見せられたという。「これで発声練習を毎日やっていると手ぶりで教えてくれました。ほっぺの筋肉が落ちると『ぱぴぷぺぽ』が言えなくなるらしくて」。生涯現役を貫こうとする歌丸さんならではだった。

 さらに40数年前、歌丸さんにとって初となる海外旅行で東南アジアを2人で回った際の珍道中も明かした。バンコクでシンガポール行きの航空機に搭乗する直前、ドル札を持ちすぎていて税関で取り上げられることを懸念した歌丸さんとあわててトイレに駆け込んだ。「2人で上半身裸になって、私がセロテープで(紙幣を)背中に貼り付けてゴワゴワになってしまいました。結構時間がたって、トイレから出まして、日本語の分かるタイの人に切符を見せて『どこから乗ったらいい?』と聞いたら(まさに飛び立つ飛行機を指さして)『あれです』と。次の飛行機を取るのにものすごく苦労しました」

 時折目を細め、懐かしそうに秘話を明かす木久扇。参列者からクスッと笑いが起こった。協会関係者によると、来年4月に国立演芸場で歌丸さんの追悼公演を開催。歌丸さんが館長を務めた横浜にぎわい座での開催も今年12月に検討中という。

◆三遊亭円楽 にぎわい座で修業

 三遊亭円楽(68)は、歌丸さんが館長だった横浜にぎわい座で告別式と同時刻に独演会を行うため、午前11時すぎに弔問に訪れた。2016年に得度しており、法衣に袈裟(けさ)姿だった。「『ちょっと(告別式に)顔出したら、楽さんはにぎわい座でもって、ちゃんと落語やっておくれよ』って修業の場を与えられたような気がしています」

 歌丸さんと最期のお別れもした。「とても安らかなお顔でした」と報告した上で「夢の中に出てきて、お小言いただいても結構でございます。罵詈(ばり)雑言も含めて」。

◆車いすにネタ帳 ゆかりの品を展示

 祭壇に隣接する別室では、故人とゆかりのある品々が展示された。闘病生活を支えた愛用の車いすや「笑点」の司会台、浅草演芸場ののぼり、旭日小綬章の勲章、趣味だった渓流釣りのさお、門外不出のネタ帳など約50点。また、菅義偉官房長官、林文子横浜市長、NHKの上田良一会長らから弔電が寄せられた。

◆小遊三ら落語家仲間もしんみり

 参列した落語家たちは思いを語った。桂文珍(69)は、「(吸入器で)酸素を吸いながら一生懸命語っておられる姿はすばらしい生き様だったと思います」。

 「笑点」で共演していた林家たい平(53)は、「最後まで新しいネタを覚えていらっしゃった」と尊敬のまなざしを向け、「引き継ぐものがあまりにも大きすぎますが、自分の中でできることをやっていきたいと思います」と誓った。同じく共演していた三遊亭小遊三(71)は「本当のことを言えば『いってらっしゃい』と声をかけて、また帰ってきてほしい」としんみり。

 歌丸さんの弟弟子にあたるヨネスケこと桂米助(70)は、「本当のさみしさがくるのはこれからでしょう。背中で教えてくれた人でした。ただひとこと『ありがとうございました』。これしかないです」と感謝した。

◆泉ピン子「行くから待ってて」 尾上松也「皆から慕われた」 

 昨年10月に放送された歌丸さんの半生を描いたドラマ「BS笑点ドラマスペシャル 桂歌丸」(BS日テレ)で歌丸さんの祖母を演じた女優の泉ピン子(70)と、本人を演じた歌舞伎俳優の尾上松也(33)が思い出を語った。

 泉は歌謡漫談家をやっていた10代のころから歌丸さんと付き合いがあったそうで、「私のお笑いの、若いころを知っている人はいなくなっちゃいましたね」としみじみ。

 泉は同ドラマのキャスティングについて「どう考えても兄さんのおばちゃんはできない」と固辞したが、歌丸さんから「うちの鬼婆をできるのはおまえしかいない」と言われたという。歌丸さんの人柄を「本当に真面目でおしゃれ。堅物で打ち合わせしていてもお笑いがない。そういうところは師匠は融通性はない」としのび、「もうすぐ行くから待ってて」と呼びかけた。

 松也は撮影現場に歌丸さんがサプライズで駆けつけ激励されたことを明かした。「すごく温かくて、皆さんから慕われるというのがよく分かる師匠。いらっしゃるだけで場が明るくなった」と振り返った。告別式に参列し「ドラマで演じたシーンが頭の中で駆け巡りました。奥さまとの絆が運命的だった印象がありましたので、奥さまとの別れは師匠にとってもおつらいでしょう。寂しいだろうなと思う」と話した。

◆師匠、勝ち逃げずるいよ…吉右衛門おえつ

 歌舞伎俳優の中村吉右衛門(74)は友人代表として歌丸さんへのメッセージを読んだ。「ついこの間、師匠のご訃報をテレビで知ったときは…」。言葉に詰まり、おえつを漏らすと「すみません、年を取ると涙腺がゆるくなりまして。本当にショックでございました」と声を絞り出した。

 そして「奥さまが見抜いた通り、師匠は落語を残して、落語のお客さまを残して、やるべきことをすべてやりつくして、旅立たれました。言ってみれば独り勝ちみたいなもの。私は最後に師匠にこう申し上げたい。『師匠、勝ち逃げはずるいよ』。お疲れさまでした」と遺影に語りかけた。

 【主な参列者】三遊亭円楽、桂枝太郎、笑福亭鶴瓶、三遊亭小遊三、林家こん平、桂文珍、桂米助、林家三平、山田隆夫、中村吉右衛門、林家木久扇、林家たい平、桂米丸、泉ピン子、尾上松也、林家ペー、大木凡人、マギー司郎、マギー審司、宇多丸(ライムスター)※順不同

 

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