ブルース・リーの「燃えよドラゴン」が大ヒットした70年代に極真カラテは直接打撃の全日本大会を開催。本部道場には世界各国から多くの外国人が入門してきた。月謝は日本人より高く「外国から高い月謝を払ってよく習いに来るものだ」と感心していた。館長の特別レッスンで1年そこそこで与えられた黒帯(初段)を土産に帰国、道場を開設して“即”ビジネスにつなげる者もいた。
「黒帯がほしくて日本に来た。高い月謝も文句はない。今度は私がお金を稼ぐ番。それが悪いんですか」。そう言い残して帰国した弟子の話を館長から聞かされた。
横綱・朝青龍がけがを理由に巡業をキャンセルしながら、モンゴルでサッカーに興じて厳しい処分となった。もし本当に仮病なら、スポーツマン精神に反する。横綱の自覚のなさを批判されても仕方はない。でも、朝青龍一人を悪者にしていいものなのか。外国人にとって日本の“国技”はジャパニーズドリームであり、ビジネスという側面もある。歴史のある大相撲側は「それでは困る」というが、母国から頼まれた“慈善事業”を相撲巡業と比較、優先権をモンゴルとした朝青龍に擁護の声がないのも情けない。
雪駄(せった)やげたを履き、浴衣にチョンマゲの関取ファッションも、消える日が来るやもしれない。グローバル化を目指すのなら、国技、国技でがんじがらめにするのもどうか。朝青龍事件は、日本人の国技・大相撲の価値観を、文化の違う外国人に求める難しさを感じる。 (格闘技評論家)
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