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【KOSHIEN新世紀】

プロ野球経験者が選んだ「指導者の道」 名経大高蔵 酒井弘樹 職業は「監督」ではなく「教員」

2015年12月15日 紙面から

 高校野球で増えているのが「元プロ監督」だ。2年前に資格回復制度が簡略化され、プロの技術が学生に伝えられるようになった。名経大高蔵(愛知)の酒井弘樹(44)は「教員監督」が絶対条件の旧制度。九州国際大付(福岡)を今夏の甲子園で8強に導いた楠城徹(64)は、新制度で可能となった専任監督。それぞれの「高校野球」に迫った。 (文中敬称略)

「旧制度」での転職

(左)野球部員に投球フォームを指導する酒井弘樹監督=2012年12月24日、愛知県犬山市の名経大高蔵高グラウンドで(中村千春撮影)(右)現役時代の酒井弘樹=1995年撮影

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 縁もゆかりもなかった名古屋で、酒井が教職に就いてから9年がたつ。「学生野球資格回復制度」はまだなく、教員であることは絶対条件。その上で、2年間は野球部に携わることはできない旧制度での転職だった。

 プロでは故障に泣いた。2002年の引退後はサラリーマンも経験したが、生活は荒れた。坂道を転がりかけていた酒井の人生を、野球が食い止めてくれた。指導者になるために母校の国学院大に戻り、教員免許を取ったが、就職先がない。そんなとき、大学から紹介されたのが野球部がなかった名経大高蔵だった。

 現在も監督である以前に教員だ。週に13コマ国語の授業をもち、2年生のクラス担任でもある。取材日も多忙だった。夕方5時半までは補習の授業をし、そこから生徒指導…。

 新興勢力が甲子園を目指す場合、学校側が整えるべき環境が3つある。寮、専用グラウンド、特待生制度だ。名経大高蔵には寮はない。専用グラウンドは数年前に完成したが、学校から25キロと遠いため使うのは日曜日だけ。それ以外は敷地内にあるテニスコート1面分が「専用グラウンド」だ。学校が認めてくれている特待生枠も、使っていない。酒井の考えが色濃く反映されている。

選手の一生を左右

 「僕にとって選手を取るのは、その子の一生を左右するということなんです。つまり進学まで面倒を見るということ。ウチの環境で『おたくのお子さんを預けてください』とは言えません」

 自身は特待生として関東第一に進学した。寮で暮らし、専用グラウンドで野球に打ち込んだ。それが酒井が言う特待生。そもそも「専任監督」でない酒井には、有望中学生を見る時間もない。

 だからといって「負けてもいい。野球を楽しめれば」とは考えていない。むしろ逆。「僕が一番悔しい、勝ちたいって思ってるんじゃないでしょうか」と笑う。目指すはもちろん甲子園。道のりが平たんでないことはわかっている。学校が住宅地と隣接しており、練習時間は午後7時まで。狭いスペース、限られた時間。補うのは工夫だ。酒井の考えで、打撃マシンは1台もない。投手はブルペンでは投げず、打撃練習で投げる。理由は「この打者はどこに投げれば打つのか。逆にいえば、試合ではそこにさえ投げなければ打たれない。それをわかってほしいから」だ。

始まりは部員9人

記者の質問に答える名古屋経済大高蔵高の酒井弘樹監督=名古屋市瑞穂区の同高で(黒田淳一撮影)

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 酒井の指導が解禁になった09年に、部員9人で野球同好会が産声を上げた。公式戦はデビューから5戦連続コールド負けだった。それが9イニングを戦い、点差が縮まり、ついには勝った。現在は部員70人を超える大所帯となった。

 「この秋は名古屋市で初めてシードを取れたんですよ! 来年の春は自分たちのグラウンドで予選を戦えるんです」。回り道も苦労もした酒井の目には、ずいぶん垣根が下がった新制度はどう映るのだろう。

 「プロで培った経験や技術は、還元されるべき。だからいい制度だと思います。ただ、専任監督だと学校の中での部員をなかなか見られないですよね? それが野球指導に生きることってあるんですよ。だからこれから目指す人には、教員資格はある方がいいよと言ってあげたいですね」

 職業は「監督」ではなく「教員」。今は甲子園との距離は遠くても、酒井の足は地に着いている。 (渋谷真)

 ▼酒井弘樹(さかい・ひろき) 1971(昭和46)年9月22日生まれ、千葉県出身の44歳。右投げ右打ち。関東第一高から国学院大へ進み、94年にドラフト1位(逆指名)で近鉄入団。5年目の98年にセットアッパーとして60試合に登板し、防御率1.97の好成績を残した。2001年に交換トレードで阪神へ移籍。台湾・金剛でプレーした02年限りで引退した。NPB通算は154試合、21勝26敗1セーブ、防御率3.68。

 ◆学生野球資格回復制度 日本学生野球憲章の全面改定により、2013年から実施。「NPBプロ研修会」と「学生野球研修会」を修了し、学生野球協会の審査をへて資格を回復する。日本高野連の竹中雅彦事務局長によると「資格回復者が法外な報酬を要求したりといった問題は、1件も起きていません」と、順調なようだ。「プロの技術、生きざまなど、学生には非常に価値のあるものを伝えてもらえる」と、今後もプロアマの雪どけは進んでいく方向だ。

九州国際大付 楠城徹 教員でなくても教育はできるという信念

新制度で伝えられた「野球は根性ではなく技術」

 この夏、甲子園で新たな歴史が刻まれた。2013年に実施された現行の制度では、3年間で計900人あまりの「元プロ」が学生野球資格を回復。その中で8強に進出した九州国際大付を率いた楠城が、甲子園初勝利監督だった。

 12年に楽天を退団した楠城は、14年に学生野球資格を回復。母校(小倉高)ではないが、故郷の北九州市にある強豪・九州国際大付に監督として迎えられた。

 「(新制度は)突然のことだったので『まさか』と思いました。プロで仕事として世界中の野球を勉強することを許され、その成果を高校生に話せる道がダイナミックに開けた。こんなチャンスはない」

 プロが社会人選手を強引に引き抜いた1961年の「柳川事件」に端を発した「プロとアマの壁」。スカウト業務に長く携わった楠城は、その壁を見てきた1人だ。

 「当時は当たり前という感じ。違和感はなかったし、高校野球の指導は頭になかった」

 道が開けたことで、ようやく部員に伝えられたことがある。「野球は根性ではなく技術。私は技術の指導者、野球界の先輩として接していきます」。さらにこんな信念ももっている。

 「高校野球は素晴らしいが、あくまで通過点。その先で選手が花開くような指導をしていきたい。きちんとした言葉遣いやマナーは学校生活にも必要。そういうことをやっていきたい」

 教員でなくても野球を通じて教育はできる。ただ、専任監督に学校側が求めるのは経営に直結する「甲子園出場」という結果だ。そして楠城ら先駆者は後に続く「元プロ」への責任も背負っている。

 「門戸を開いてもらった以上、プロ経験者として失敗は許されない。指導者同士で練習試合のたびに意見を交換する。こちらも技術、練習法などは全てオープンです」

 101年目以降の甲子園には、間違いなく楠城のような監督が増えてくるはずだ。 (相島聡司、前田泰子)

 ▼楠城徹(くすき・とおる) 1950(昭和25)年12月22日生まれ、北九州市出身の64歳。捕手。小倉高では69年センバツに出場し、初戦で三沢高(青森)に惜敗。早大では主将を務め、74年にドラフト2位で太平洋クラブに入団した。80年に西武で引退。プロ通算366試合、打率2割3分、9本塁打。引退後は西武スカウト、1軍ヘッドコーチ、編成部長などを歴任し、2005年から楽天で編成部長、スカウト部長を務め、12年に退団。社会人野球のパナソニック(大阪)のアドバイザーをへて、14年8月から九州国際大付高監督。

【へぇ〜】「帝京商」のはずが…「日大三」と思いきやの「早実」

1939年東京大会

東京大会を制した杉下茂(後列左から2人目)ら帝京商ナイン

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 前代未聞の「代表二転事件」がある。1939(昭和14)年の東京府大会を制したのは、帝京商(現帝京大高)だった。さあ、甲子園! 沸き立つ野球部に、決勝で敗れた日大三中から「待った」がかかった。

 「無資格の選手がベンチに入っていた」というのだ。問われた球児が、のちにフォークの神様と呼ばれる杉下茂だった。というのもこの年の2月、一ツ橋高等小2年生だった杉下は、帝京商へ進学した。ところが、一ツ橋側が「6月にある東京市の大会には出てもらわないと困る」と強く要望し、帝京商も承諾した。一度戻った杉下が投げ、見事に優勝。終了後に再び退学届を出し、帝京商に復学した。

 すべて正規の手続きをへているし、もちろん帝京商に通学していた。ただ「6月に高等小学校の大会で投げていた選手がいるのはおかしい」という声に押され、杉下も写っていた決勝後の記念写真が、まるで「証拠」のように扱われ、帝京商の優勝旗は剥奪。列車や宿泊先まで手配していた甲子園も幻と消えた。

 だが、事件はここでも終わらない。その後、日大三中にも無資格選手問題が浮上し、出場辞退。結局、準決勝で9−1で帝京商に完敗した早実が繰り上がりで甲子園に出場した。転校のルールも整備された現在では起こり得ない悲劇だった。

 ◆お知らせ KOSHIEN新世紀では、高校野球ファンの皆さまにアンケートを行っています。項目は(1)過去最強チームはどこか(2)歴史に残る名勝負は?(3)好きな高校球児の3点です。結果を集計、分析して24日付紙面で記事化します。はがきに〒住所、氏名、年齢、職業、電話番号とアンケートのそれぞれの答えを明記し、〒460 8511 中日スポーツ「KOSHIEN新世紀アンケート」係まで。メール(nsupo@chunichi.co.jp)でも受け付けます。ご協力よろしくお願いします。

(次回は12月29日掲載)

 

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