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【KOSHIEN新世紀】

「怪物」たちの真実(3)  横浜・松坂大輔VS宿敵・PL学園

2015年7月14日 紙面から

第80回夏の甲子園決勝の京都成章戦でノーヒットノーランを達成しガッツポーズの横浜・松坂大輔=1998年8月22日、甲子園球場で

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1998年センバツ&夏の甲子園

 平成の怪物−。1998(平成10)年、横浜・松坂大輔(現ソフトバンク)は、その右腕で春夏連覇の偉業を成し遂げた。150キロ超の直球と、目で軌道を追うことすら難しいスライダーで、ファンの心をつかんだ。新チーム結成後の97年秋から、公式戦無敗で駆け抜けた怪物の足跡を、いくつかの試合とともに振り返る。 (取材、構成・中田康博、船曳陽子、西下純)

 =文中敬称略

自分見つめ直す

 松坂大輔のすごさを日本中が知ったのは、98年の第70回センバツだった。報徳学園との初戦(2回戦)で、春、夏の甲子園を通じて初めて、松坂は150キロを計測した。5試合すべてで完投し、うち3完封。決勝で戦った関大一のエースは久保康友(現DeNA)。プロ通算で87勝(7月13日現在)をあげている右腕に、ダイレクトでのプロ入りをあきらめさせ、社会人に進んで腕を磨くことを決意させたのはこの試合だ。

 「1点あれば勝てるという感じ。怪物がいたから『同じジャンルでは勝てない』と自分を見つめ直せた」。久保から見た決勝での松坂は、本気ではなかったようだ。

 「(終盤に)力を入れて146キロとか覚えてますが、それまでは142、3キロで抑えられました。(準決勝で)PLとやって必死に投げていたのと、明らかに違ってました。めちゃくちゃ余裕を持って投げられた」

 怪物を本気にさせたのは、PL学園だけだったということになる。春は3−2で逆転勝利。その宿敵と夏は準々決勝で再び激突した。延長17回。語りぐさとなっている3時間37分の死闘だ。

横浜−PL学園 2回裏2死三塁、PL学園・田中にタイムリーを打たれさえない表情を見せる横浜・松坂=1998年8月20日、甲子園球場で

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 2回に4安打を集中され、3点を失った。キーマンは三塁コーチに入っていた平石洋介(楽天コーチ)。松坂がモーションに入った瞬間、打者に向かってかける「声」を直球と変化球で使い分けていた。平石が見ていたのは松坂のフォームではなく、受ける小山良男(中日ブルペン捕手)の動き。松坂の変化球があまりに鋭いがゆえ、何とか止めようと構えに出る。そこで球種を見分けていたのだ。

ベンチ異変察知

 4万3000人が詰めかけた超人気カードだが、8時30分プレーボールの第1試合。序盤はスタンドにもまだ空席があり、平石から打者への声はよく伝わった。その分だけ横浜ベンチも「あのコーチの何かがおかしい」という異変は察知した。横浜がハッキリした事実を知るのは夏が終わった後の話だが、バッテリーにあらゆる可能性を考えさせ、手を打った。被安打13本中、7本は4回までに打たれたものだ。

 PL学園が打倒・松坂に費やした膨大な時間と執念。それは5回にも実を結ぶ。横浜が同点に追い付いてなお1死三塁。三ゴロで本塁に突入した走者は、捕手のミット目がけて走り込んだ。春の対戦ではこの策が功を奏し、本塁返球が走者の背中に当たった。偶然ではなく狙ったプレーだったのだが、2匹目のドジョウはいなかった。送球を受ける瞬間、捕手は逆方向へと体を入れ替えた。本塁憤死。走者は偶然だと思っていたが、実はPL学園が夏までに積んできた練習だった。最初の立ち位置は走者を、誘導するためのフェイク。すべては松坂を倒すために…。

 延長で横浜は2度勝ち越したが、2度追い付かれた。ただ「逆転のPL」に逆転を許さなかったのが、松坂のすごさだった。5番の大西宏明(元ソフトバンク)は、春の2安打に続いて、夏も3安打を放った。

 「僕の高校3年間で、常時145キロを超えるピッチャーは松坂だけでした。木製なら折れていました。シンでとらえられなかったですから。僕は大学(近大)に行きましたが、常に松坂と対戦したいと考えていました。今でもやりたいくらいです」

 現役を退いた今も、大西にとっては史上最高の投手は松坂だ。宿敵を倒すのに延長17回、250球を投げた松坂は、翌日の明徳義塾との準決勝は先発を回避。しかし、6点ビハインドの8回裏にベンチ前で自らテーピングをはがし、キャッチボールを始めた瞬間から甲子園の空気を一変させた。8、9回で一挙7点。奇跡の逆転で難敵を下し、決勝はノーヒットノーランで制した。

魅惑の野球小僧

 江川、荒木、桑田…。怪物はいた。アイドルもいた。だが、どちらの要素も併せ持ったのは松坂だけかもしれない。八重歯の童顔。どこかに残すかわいげ。制球ミスには「ゴメン」のしぐさを捕手に送り、ヒットを許せば舌をぺろりと出す。野球小僧ぶりと、とんでもないボールとのギャップも魅力だった。

 松坂を「ひょうひょうとした感じだった」と語るのは夏の決勝で戦った京都成章の主将・澤井芳信(株式会社スポーツバックス 代表取締役)だ。雰囲気に「圧倒されました」としながらも「楽しかった」と振り返る。願っても簡単にかなわない、ナンバーワンピッチャーとの対決だ。

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 澤井は続く神奈川国体の決勝でも、松坂と対決する。「低い、と止めたバットに、ボールが当たった」と、夏に一度対戦してもなお、その想像を超える直球の伸びにあらためて、身震いさせられた。2年秋の新チーム結成後、横浜はこの国体まで公式戦44勝0敗。松坂は、紛れもなく世代のリーダーでもある。久保は「松坂世代であったことは、確実にプラス」と話す。

 今は故障で苦しんでいても「復活を信じたい僕がいる」(大西)、「歯がゆい」(澤井)。敗者に「松坂世代」と呼ばれることに誇りを抱かせる。怪物の足跡は、それほどまでに巨大だった。

 ▼松坂大輔(まつざか・だいすけ) 1980(昭和55)年9月13日生まれ、東京都出身の34歳。183センチ、93キロ、右投げ右打ち。横浜高では2年秋の神奈川県大会から3年秋の国体まで公式戦全勝。99年のドラフト1位で西武入団。レッドソックス、メッツを経て、今季9年ぶりに日本球界(ソフトバンク)に復帰した。NPB通算108勝60敗1セーブ、防御率2.95。

【へぇ〜】横浜19人、大阪桐蔭14人、広陵13人、PL学園&東海大相模11人…

現役プロ野球選手

 春夏の死闘に出場した選手のうち、両チーム4人ずつがプロへと進んでいる。横浜が松坂と小山、後藤武敏(DeNA)、小池正晃(同コーチ)。PL学園が平石、大西、田中一徳(元横浜)、田中雅彦(ヤクルト)だ。いかにハイレベルな試合だったかがよくわかる。

 現役のプロ野球選手(7月1日時点)のうち、出身校別で最多なのは横浜の19人だ。松坂、成瀬善久(ヤクルト)、涌井秀章(ロッテ)の「先発3本柱」に、捕手は近藤健介(日本ハム)。石川雄洋(DeNA)、福田永将(中日)、浅間大基(日本ハム)を配した打線の4番には、筒香嘉智(DeNA)がドッシリ座る。

 大阪桐蔭(14人)、広陵(13人)に続いて、PL学園は東海大相模と同数の11人。こちらもエースは前田健太(広島)。打線だって松井稼頭央(楽天)に今江敏晃(ロッテ)、サブロー(同)、福留孝介(阪神)と、なかなか強力だ。

 OBも含めれば、歴代最多の80人近くの人材をプロに送ってきたPL学園。名球会員を6人も出している。横浜との一戦はまさしく名門と名門のぶつかり合いだった。

 ◆お知らせ KOSHIEN新世紀では、高校野球ファンの皆さまにアンケートを行っています。項目は(1)過去最強チームはどこか(2)歴史に残る名勝負は?(3)好きな高校球児の3点です。結果を集計、分析して秋をめどに記事化する予定です。

 はがきに〒住所、氏名、年齢、職業、電話番号とアンケートのそれぞれの答えを明記し、〒460 8511 中日スポーツ「KOSHIEN新世紀アンケート」係まで。メール(nsupo@chunichi.co.jp)でも受け付けます。ご協力よろしくお願いします。

(次回は7月28日掲載)

 

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