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【コラム エンジョイボウリング】

プロが教える「ボールの握り方」 私たちが先生です

2013年9月6日 紙面から

ボールを手にポーズをとる(左から)名和秋プロ、谷川章子プロ、小林あゆみプロ=千葉市のJFE千葉リバーレーンで(市川和宏撮影)

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 秋といえば、スポーツの季節。美人プロボウラー3人がボウリングの基本を分かりやすくレッスンする新連載企画「エンジョイボウリング」がスタートします。講師は谷川章子さん(35)、名和秋さん(33)、小林あゆみさん(23)。持ち回りでレクチャーします。第1回はボールの握り方。3人がボウリングを始めたきっかけも紹介します。まずはレンタル用のハウスボールを使ってボウリングをマスターしましょう!!

左からコンベンショナルグリップ(初心者向け)、セミフィンガーグリップ(中級者向け)、フィンガーチップ(上級者向け)

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 今回は名和秋がレクチャーします。ボールの握り方には大きく3種類あります。

 レンタル用のハウスボールでは「コンベンショナルグリップ」が最もオーソドックスな握り方となります。親指を根元まで入れ、中指、薬指は第2関節まで入れます。ハウスボールは手のサイズが合わないことがほとんど。これが一番力が入りやすいんです。初心者は親指がぴったりな穴を選ぶと投げやすいですよ。

 コンベンショナルグリップに慣れたら、次は「セミフィンガーグリップ」です。中指、薬指を第1関節、第2関節の中間まで入れる持ち方です。指の抜けが良くなるので、コントロールがつきやすくなります。

 自分の手のサイズでカスタマイズできるマイボールを手に入れたら「フィンガーチップ」です。上級者向けで、中指、薬指は第1関節まで。指の入りが浅く、指や手首に負担をかけてしまいますが、ボールを曲げやすくなります。

始めたきっかけ

妹もプロ、2人で切磋琢磨 華麗なる左腕・小林あゆみ

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 1歳下の妹よしみもプロボウラーなんですが、ボウリングを始めた日はまったく同じなんです。私が小学5年の時でした。宇都宮のボウリング場に両親と妹、弟と遊びにいって、そこでインストラクターの方に教わったのが、きっかけです。

 初めてすることだったので上達して点数が上がっていくのが楽しくなっちゃって。家族全員でマイボールも作りました。初心者向けの曲がりにくいボールでしたが。

 他のスポーツはやりませんでした。栃木県は競技人口が少なく、学校にもボウリング部がなくて。だから、学校の部活には入らず、個人的にボウリングをずっとやってましたね。中学で地元のボウリング場のクラブに入ると、どんどんのめり込んでいきました。練習は妹とずっと一緒でした。

 県外の子たちと投げる機会が増えると、勝ちたいという気持ちが強くなる一方でした。負けず嫌いな子だったんです。高校2、3年のときには妹と組んで国体の団体戦(ダブルス)で2年連続準優勝を獲得したことがあります。プロテストも一緒に受けたんですが、残念ながら私は不合格。なのでプロ入りは妹の方が1期先輩なんです。

 私のようにサウスポーの人もいらっしゃると思いますが、基本の動きは右利きと変わりません。試合では左利きのボウラーが少ないため、レーンの状況が変わりにくいということもあって、左利きに有利な面もあるんですよ。

 小林あゆみ(こばやし・あゆみ) 1989(平成元)年11月19日生まれ、23歳。栃木県出身。159センチ、左投げ。小学5年でボウリングを始め、高校時代に国体の少年女子団体で2年連続準優勝。2011年にプロ入り(44期)。妹の小林よしみもプロボウラー。公認パーフェクトは未達成。プロ通算3勝。P★リーグでは第35戦で優勝。キャッチフレーズは「華麗なる左腕」。トミコシ高島平ボウル所属。

1ゲーム無料券に釣られ ビューティーハニー・谷川章子

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 プロボウラーになったのは、無料券をもらったことがきっかけです。

 本格的に始めたのは、まだ会社に勤めていた23歳の時でした。1ゲーム投げたら次の1ゲームが無料になる券を持っていた知り合いがいて、カラオケ帰りに近くのボウリング場に遊びに行くことになったんです。

 その時にたまたま180点ぐらい出したのかな。それで精算するときにまた無料券をもらったんです。行けば1ゲーム無料になる。そこから面白くなって、1回行くたびに2ゲームずつをやるようになり、思い切って3000円のマイシューズを買っちゃいました。当時は貸靴が300円だったので、10回行けば元が取れると思って。

 まだレンタルのハウスボールで投げていたんですけど、ある日、そこの所属プロに「マイボールを作りませんか」と声をかけられ、プロのレッスンを本格的に受けるようになりました。

 でも、それまでは、10回ぐらいしかプレーしたことがなかったんです。運動神経があったのかどうかは分かりませんが、小さいころからソフトボールをやっていて、母校の享栄高(愛知)にも特待生で入学しました。兄は同じ高校の2歳上で、投手として甲子園にも出たことがあるんですよ。

 プロになったのは26歳。遅咲きですね。ボウリングは今も楽しいです。ゴールというものがないから、常に自分が進化していけるんです。簡単そうに見えて難しい。すぐに結果が出そうで出ない。そこがいいんです。

 谷川章子(たにがわ・あきこ) 1977(昭和52)年10月25日生まれ、35歳。愛知県出身。167センチ、右投げ。愛知・享栄高時代はソフトボールの選手。ビューティーカウンセラーとして一般企業に勤めていた23歳の時にボウリングを始め、2004年にプロ入り(37期)。公認パーフェクトは5回。プロ通算5勝。P★リーグでは第10戦で優勝。キャッチフレーズは「ビューティーハニー」。グランドボウル所属。

「ドリラー」の父がスパルタ サイレントビューティー・名和秋

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 最初にマイボールとマイシューズが用意されていたんです。初めてボウリングをしたのは小学校低学年。ボールに指穴を開けるドリラーをしている父に仕込まれました。道具一式を与えられ、マンツーマンで教えられました。スパルタだったので正直言うと楽しいことはなかったです。バレーボールをやるようになって、いったんはボウリングの世界から離れたんです。が、高校進学を機にバレーを諦め、次に何をしようか悩んでいたところで、父に付け込まれてしまいました。

 その後も何度もやめようと思いました。放課後に同世代の子が隣のレーンで遊んでいるのに私は父に怒鳴られ、しかられでしたから。自宅でもコーチと同居していた感じ。それをプロボウラーだった母がうまく中和してくれてました。

 打ち込む姿勢が初めて変わったのは国学院大に入ってからです。1年時の全日本大学選手権でした。個人選抜で予選を1位通過したんですが、決勝で負けてしまいました。予選2〜6位が京都産業大の選手。京都での大会だったので、向こうの応援に圧倒されちゃったんです。気持ちで負けていたことを実感し、初めて悔し泣きしました。

 2度とこんな嫌な思いをしたくない。そこから自発的にトレーニングや練習をするようになりました。それで翌年にリベンジできて。そこが分岐点でした。父に言われてやっていた時とは大違い。強い思いで練習すれば、結果が出るんだと初めて感じました。

 名和秋(なわ・あき) 1979(昭和54)年11月15日生まれ、33歳。東京都出身。163センチ、右投げ。東京農大一高、国学院大を経て2002年にプロ入り(35期)。父正年さんはドリラー(ボールの指穴開け技術者)、母礼子さんは元プロボウラー。公認パーフェクトは2回。プロ通算1勝。P★リーグでは第2戦で優勝。キャッチフレーズは「サイレントビューティー」。相模原パークレーンズ所属。

 

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