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【格闘技】

村田諒太が初防衛 リング上で指名「ゴロフキンと」

2018年4月16日 紙面から

村田諒太−エマヌエーレ・ブランダムラ 8回、右ストレートを放つ村田諒太(右)(七森祐也撮影)=横浜アリーナで

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◇WBAミドル級タイトルマッチ12回戦

 ダブル世界戦▽15日▽横浜アリーナ▽観衆1万1000人

 2012年ロンドン五輪金メダリストでWBAミドル級王者の村田諒太(32)=帝拳=がエマヌエーレ・ブランダムラ(イタリア)を8回TKOで下し、初防衛に成功した。日本選手が同級の世界王座を防衛したのは初めて。村田は試合後、観衆の前で3団体統一王座ゴロフキン(カザフスタン)との対戦を熱望した。前日の軽量で体重オーバーとなりWBCフライ級王座を剥奪された比嘉大吾(22)=白井・具志堅=は9回TKO負けし、プロ入り後初黒星。16試合連続KO勝ちの日本新記録はならなかった。

 王者・村田はここまで強いのか。1回から一方的な展開を続けた末の8回、逃げ続けた挑戦者のこめかみに、ついに右の強打が打ち込まれた。膝から崩れ落ちたブランダムラは立ち上がろうともがいたが、見かねたセコンドが棄権する。8回2分56秒TKO。村田は圧倒的な力で、日本人初のミドル級王座防衛を成し遂げた。

 「序盤は右を打つときに体が開いていたが、5回ごろから修正できた。無意識に、いい形で勝ちたいという焦りがあったかもしれない。ホッとしました。これで期待してくれた人たちをがっかりさせずにすむ」

 村田はリング上とは別人のように、柔和に笑った。次につながる勝利だからこその表情だった。

 ボクシングを始めたころは、世界の頂点を期待されるような選手ではなかった。銀メダルを獲得した2011年の世界選手権も、目標はベスト8だった。しかし、この大会から村田の世界は変わっていった。

 「世界選手権決勝に出て、五輪の金メダルが見えてきた。金メダルを取って、プロデビュー戦に勝って、世界ランカーに勝って、エンダムとの2戦を経験して、そのたびに見える景色が変わっていきました」

 初防衛を果たした村田の先には、さらに大きな世界が広がる。契約する世界的プロモーターのボブ・アラムさんが構想する、東京ドームに3団体統一ミドル級王者ゴロフキンを迎えるスーパーマッチだ。

 実現するなら、早くても今冬。村田にとっては「次の次」だ。帝拳ジムの本田会長はV2戦を、アラムさんが対戦候補としたロンドン五輪銀のファルカン(ブラジル)ではなく、米国人選手と夏にでもラスベガスで行いたい考え。そこをクリアして海外での評価が高まれば、ゴロフキンとの夢マッチが現実味を帯びる。

 「目標は高く持っていきたい。ゴロフキンがリアルチャンピオン。目指すなら、一番を目指したい」。日本人で初めてミドル級防衛を果たした村田は、さらなる高みへと突っ走っていく。 (藤本敏和)

 

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