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【格闘技】

<月刊ドラゲー>吉野正人はさわやかマッチョ 清潔感あふれるメロンの香り

2017年5月17日 紙面から

鍛え抜かれた筋肉を身にまとった吉野正人(久野功撮影)

写真

 ドラゴンゲートの選手たちに、自他とも認めるドラゲー女子の仲田美歩記者が突撃するインタビュー企画の2回目は、試合中の首のけがから3カ月ぶりに復帰した吉野正人(36)。リングを縦横無尽に駆け回る、日本プロレス界屈指の“スピードスター”に聞いた。(聞き手・仲田美歩)

 −けがから復帰した

 吉野「正直、最初は(完治まで)半年から1年はかかると言われていました。今は体の張りもバッチリ」

 −今月発足した新ユニット「MaxiMuM(マキシマム)」について

 「吉野&土井の土井吉(どいよし)として組むのは久しぶりだけど、キャリアが長いので問題はない。若手3人には自分たちに遠慮することなくドンドン前に出てほしい。土井吉はそのサポートをできれば」

 −吉野選手といえば“スピードスター”。人よりも遅いことってありますか

 「実は歩くのが遅いんです! リングアナの菊池さんと歩いていたら、いつのまにか置いて行かれていたんですよ。走ることは野球をやっていたので速いですけど」

 −プロレスを始めたきっかけは

 「テレビで見て興味を持った。アントニオ猪木選手の試合でしたね。ファンだったのは蝶野正洋選手」

 −一番思い出に残っている試合は

 「初めてオープン・ザ・ドリームゲートのチャンピオンになった時です。10年の神戸ワールド記念ホール大会でした」

 −プロレスラーになっていなかったら…

 「鉄道ファンなので電車の運転士になっていたかも。今でも運転してみたいと思っています」(制服姿似合いそう〜)

 −今ハマっていることは

 「メロン系グッズ。ボディーミスト、ソープ、クリーム…。そろえています。メロンは食べるのも好きですね」

(そういえば以前、場外乱闘の際、吉野選手からスゴくいい匂いがした!)

 −好きな食べ物は

 「フルーツ全般。それとおすし、焼き肉」

 −吉野選手のコスチュームといえば、ショルダーパンツ。あえてひもを肩からはずしての着こなしが吉野流

 「あれは外国の陸上選手をイメージしているんです。ゴールした後に(肩)をおろすのが格好良かったんで」

(そうでしたか、ずっと謎だったのでスッキリしました)

 −イタリアンコネクション(2001〜05年、当時は闘龍門)のユニット所属時はYOSSINO(ヨッシーノ)というリングネームでした。当時はロングヘアでしたが、また髪を伸ばしてみたいとは思いませんか

 「もう大丈夫です!(キッパリ)」

(2度とないってこと? ワイルドな雰囲気がステキでしたけど…)

 −では遠征の必需品は

 「ドライヤー。それとストレートアイロン」

(実はポーズ写真の撮影を試合後に、とお願いしたら、試合前の方が髪形が崩れないから、と)

 −3日間お休みがあるとしたら

 「旅行かな…。暖かい国がいいですね。何よりも寒いのが苦手なので。この前の年末年始もグアムに行ってきました」(フルーツのかごとか頭に乗せたら似合いそう)

 −好きな女性のタイプは

 「清楚(せいそ)な雰囲気で気が利く人。芸能人だと韓国の女優ハン・ヒョジュ」

 −自分の体で気に入っている所と嫌いなところ

 「気に入っているのは広背筋(こうはいきん=脊柱と骨盤後部から上腕部をつなぐ大きな筋肉)。弱点は肩があまり強くないこと。デビューして3カ月で手術したんです」

 −確かに逆三角形の後ろ姿は誰が見てもカッコイイですよね

<吉野正人(よしの・まさと)> 1980(昭和55)年7月17日生まれ、大阪府東大阪市生まれの36歳。175センチ、75キロ。ドラゴンゲートの前身である闘龍門に7期生として入門後、2000年メキシコでデビュー。10年に初めてオープン・ザ・ドリームゲート王座を獲得し、ドラゲーの主力に。同王座には現在3度就いている。得意技はオリジナルの腕固め「ソル・ナシエンテ」。

<仲田美歩(なかた・みほ)> 和歌山県出身。本職は釣り担当。本職に負けず劣らずプロレス観戦が大好きで、東京都内を中心に各地に出没している。ドラゲーは2004年の設立時からの追っかけ。

 

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