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コマツナ県内生産 内部競争で高めよ 若手の参入で活気

ハウスの中で収穫されるコマツナ=富山市上熊野の若林農園で(柘原由紀撮影)

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 富山県内のコマツナ農家が“戦国時代”に突入した。若手が一気に増えて生産量が拡大。それぞれ工夫を凝らした生産方法を模索し、競い合う。全国的に見れば生産量はまだ下位だが、他県との競争にも打って出る。県内農家の戦い方は−。(柘原由紀)

 「これからは群雄割拠の時代。ただの突き詰め方では勝てない」。富山市上熊野で若林農園を経営する若林佳晃さん(36)はやる気をみなぎらせる。

 全農とやまなどによると、県内のコマツナ農家はこれまで五十、六十代が大半だった。それが、ここ数年で三十代前後の若手十人ほどが参入。出荷量は二〇一四年の三百八十五トンから昨年は五百十三トンへと三割強増えた。種まきから収穫まで夏は二十五日前後と回転が早く、一年中安定して出荷できることから、新規就農者が入りやすいのが理由の一つ。担当者は「青年部もできて、他の品目と比べて顕著」と評価する。

 独り立ちして六年目の若林さんもその一人。コマツナを栽培するのは〇・一四ヘクタールと小規模。それでも、寒暖差を生かす技術で種を確実に成長させ、三〜五月の面積当たりの収穫量は全国平均の約三倍に上る。さらにトウモロコシやズッキーニなども栽培。コマツナ単体では高単価になりにくいが「トウモロコシなど引きの強い商品があると僕自身に興味を持ってもらえる」と相乗効果を狙う。

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 若林さんも含め、県内農家のほとんどが生産者組織「施設こまつな研究会」として出荷する。中身は一見どれも変わらないが、それぞれ生産者番号が付けられ「お客さんはびっくりするくらい把握している」(若林さん)。小売店への流通がメインのため、鮮度の良さや日持ちすることが競争に勝つために重要という。

 一方、同市中老田のファニーファームは県内最大規模の四十二棟、約一ヘクタールのハウスで栽培。機械を導入して徹底的に効率化を進め、独自の販路を持つなど規模を生かした戦略で勝負する。さらに農園は県外にも出荷。災害が比較的少ない富山だからこそ、安定した供給を見越して大きな注文が入るという。研究会青年部長も務める前川和人取締役(38)は「(生産量が増えて)単価が下がっても生き残るすべをつくる。市場がだめなら自分で販路を見つけるしかない」と話す。

 競争相手は県内だけではない。増加傾向とはいえ、県産の出荷量は全国二十八位。一位の埼玉に比べると、富山は二十二分の一で、二十位の石川と比較しても半分ほど。交通網の発達で県外産でも鮮度が高いまま県内のスーパーに並ぶ。

 大規模、コンパクト就農、コマツナ一本、小規模多品種−。規模は二極化し、戦略も各農家で異なる。「富山のコマツナはみんな品質が良い」と前川さんは胸を張る。売り込みに向けて「生産者が声を上げていかないといけない」と商品について積極的に語る必要性も感じている。

射水の荒木さん

「第一人者」も積極育成

 県内で若手農家が増えたのは後継者を育てる人がいたことも大きい。射水市の荒木龍憲さん(66)は、若林さんを含めて九人の研修生を育てた県産コマツナの第一人者。約二十年前に生産を始め、仲間を増やし、組織づくりに尽力してきた。

 農園の門をたたいた研修生には「仲間だが、みんな競争せなあかん」とハッパを掛けてきた。若手が次々と自立し、自身も昨年、後継者に農園を託した。「おのおのが経営工夫や研究をして努力している。聞きに来ないということは聞かなくても大丈夫になったということ。寂しいけど喜ばないと」と目を細めた。

 コマツナ アブラナ科の緑黄色野菜。栄養価が高く、癖のない味で漬物や炒め物などさまざまな料理に使われる。埼玉、茨城、福岡が三大産地。江戸時代、現在の東京都江戸川区小松川で盛んに栽培され「小松菜」と呼ばれたとされる。2017年産の全国作付面積は7000ヘクタール、収穫量は11万トン。

 

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