トップ > 富山 > 特報とやま > 記事

ここから本文

特報とやま

米騒動100年(中) 命をつなぐ 女性が行動

【右】米騒動への思いを語る惣万佳代子さん=富山市で【左】収集した資料から米騒動を読み解く金沢敏子さん=富山県入善町で、いずれも山本真士撮影

写真

共生願う心 現代も共有

 口火を切ったのは女性だった。「よそへ(米を)出さんでくれ」。一九一八(大正七)年七月二十三日朝の魚津町(現富山県魚津市)。「おかか」と呼ばれた母や妻たちが、米俵を船に積む仲仕たちの腰にしがみつき、叫んだ。

 商人の買い占めと地主の売り惜しみで米価が高騰。生活は困窮し、子どもは腹をすかせていた。「おかかは社会の矛盾と闘っていた」。米騒動に詳しいジャーナリスト金沢敏子さん(67)=同県入善町=は、百年前の“女一揆”に思いをはせる。

 夫が稼ぎに出ていた。漁村特有の連帯感があった。女性が行動した背景にさまざまな解説がなされるが、「命をつなぐ米が運ばれて行く光景を目にして、おかしいと感じたのでしょう。女性は命が関わることに敏感だから」。金沢さんは読み解く。

 魚津の騒動は八月まで続いた。ある時、騒動に参加していた一人の男性が警察に逮捕された。すると、今度は警察署におかかが集まった。「同じ仲間だから、わしらも逮捕してくれ」。男性は早々と釈放された。

 東水橋や西水橋(ともに現富山市)の騒動では「おばば」と呼ばれたリーダー格の女性が「物は盗むな」「火に気を付けよ」と節度ある行動を呼び掛けていた。金沢さんは「賢く冷静で、情に厚かった」とみる。

 弱者のために立つ。命を見つめる。その姿勢は現代の富山の女性に共通する。

 家庭的な雰囲気で介護サービスを提供し、在宅を支える「富山型デイサービス」。創始者の一人、惣万(そうまん)佳代子さん(66)=富山市=は二十五年前、病院勤務の看護師を辞め、事業所を開いた。高齢者が「家に帰りたい」と泣き、うつろな顔で仏に「迎え」を祈る。そんな介護現場を知り、いてもたってもいられなかった。

 目指したのは高齢者や障害者、乳幼児を分け隔てなく受け入れる施設。だが、介護の対象を分けて混在を認めない「縦割り行政」や、形式を重視して現場の実情に合わせない「お役所仕事」が立ちはだかった。役所に出向いては改善を訴え、冷淡な対応に涙した。

 事業が軌道に乗り、全国的に知られるようになった十年ほど前、著名な社会福祉学者に「富山型デイは米騒動に似ている」と指摘された。出身の同県黒部市生地は米騒動の発生地の一つ。「誇りに思っていたから、うれしかった」と振り返る。

 富山型が切り開いた共生型施設は、全国で千七百を超えた。国は今春、介護保険法改正で共生型サービスを導入した。「米騒動はあっという間に世の中を変えた。私たちは二十年かかった。そこが違うかな」。高齢者が子どもと過ごす。障害者がスタッフの仕事を手助けする。理念を実現した事業所で、屈託のない笑顔を見せた。 (山本真士)

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索