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特定失踪者 県内11人未解決 「時間ない」焦る家族

「しおかぜ」の収録に臨む矢島文恵さん(右)=25日、東京都内で(山本真士撮影)

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半世紀前から続く

 北朝鮮に拉致された可能性がある「特定失踪者」。公表されている富山県関係の十一人は失踪時期が古いもので半世紀前になるが、全て未解決だ。拉致事件解決の好機とみられていた米朝首脳会談が予定通り開催の方向になる中、失踪者の家族は望みを捨てず、肉親を取り戻す活動を地道に続ける。(山本真士)

 「兄さん。父さん、母さんに会わせてあげられなくて、ごめんなさい」

 米朝首脳会談の中止発表から一夜明けた二十五日の東京都。特定失踪者問題調査会が北朝鮮向けに放送するラジオ「しおかぜ」の収録で、射水市出身の主婦矢島文恵さん(64)は声を震わせた。家を出たまま行方不明になった兄荒谷敏生さん=失踪当時(25)=に両親の死を告げて自分を責めた。

 一九七四年五月十三日。新湊市(現・射水市)の自宅にいた敏生さんは、外出しようとする母すみ子さんに「俺も用事があるから」と出掛けた。すみ子さんが帰宅すると、敏生さんの姿はなかった。「跡取りに家出されるなんて恥ずかしい」。両親は敏生さんをおおっぴらに捜さなかった。

 二〇〇二年、拉致被害者五人が帰国し、矢島さんは「もしかして」と疑った。調査会に相談すると、失踪時の状況や、工作員が上陸する可能性が大きい河口に自宅が近いことなどから「拉致の疑いがある」と指摘された。仏壇に向かって毎日祈り、再会を待ち続けた父太作さんは〇〇年に八十三歳で、すみ子さんは一六年に九十四歳で他界した。

 「せめて兄さんに両親のお墓参りをさせてあげたい」。矢島さんは昨年、全国の特定失踪者家族と「有志の会」を結成、副会長に就いた。政府に救出を要望し、国際刑事裁判所(ICC)に北朝鮮の追及を働き掛けた。「さらわれた家族を取り戻し、会いたいだけ」

 調査会は全国で約四百七十人を特定失踪者と認定。荒谷さんら富山県関係は十一人で、名前、状況などを公表しているのは八人。このうち三人は「拉致の確率が高い」とされる。県警は十一人のほかに三人を「拉致の可能性を排除できない」と公表している。

 矢島さんは世論の高まりが不可欠だと考えている。「もし自分の家族がさらわれたらと想像してほしい。問題を次の世代には残せない。時間がないんです」

78年 雨晴の未遂事件

北犯行の疑い強まる契機に

 日本各地で相次いでいたカップルの失踪事件で、北朝鮮の関与が疑われるようになったきっかけは一九七八年八月に富山県高岡市で起きた「雨晴海岸アベック拉致未遂事件」。

 二十代の男女が海水浴の帰りに四〜六人の男に襲われた。猿ぐつわをされ、それぞれ全身を布袋に入れられて松林へ運び込まれた。犬の鳴き声が聞こえると男たちは姿を消し、二人は民家へ逃れた。遺留品の大半が外国製と判明。産経新聞が八〇年、未遂事件と同じ年に福井、新潟、鹿児島各県で同時期に起きたカップルの失踪と関連付けて報道。北朝鮮による犯行の疑いが強まった。

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