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メダカの学校を探せ! 北陸中日・BBT共同企画

 富山県内の自然環境を地域の人と探索する北陸中日新聞・富山テレビ放送(BBT)共同取材企画。BBTの番組クルーとともに現地に入り、貴重な自然の現状をテレビ番組、新聞記事の同時展開で伝えます。

【射水市本町編】 堀の中、再び群れ発見

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 北陸中日新聞と富山テレビ放送(BBT)の共同取材班は七月二十五日、射水市の本町地区に入った。今回の場所は、旧新湊市街地の一角にある民家を取り囲むお堀。内川に近く、江戸時代の北前船で栄えた港町の風情を残す。BBTが十五年前の企画でメダカを見つけている。再びメダカに出合うことができた地元住民や子どもたちの笑い声がはじけた。(青木孝行)

15年前の自然残っていた

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 現場は射水市役所新湊庁舎から東に二百メートルほど離れた住宅街。朝から晴れ間が広がり、汗ばむ陽気。「半月ほど前にメダカを見た」と情報を寄せた無職安田明久さん(75)=高岡市五福町=が現地に案内してくれた。その後から、射水市新湊小学校の三、四年生九人とBBTの林藍菜キャスターが、たも網を手にして「メダカ、メダカ、メダカ」と元気な声で行進した。

 十五年前にメダカを見つけた無職米林貞人さん(71)=射水市善光寺=や知人の左官業中山信作さん(73)=同市本町=も合流した。

素早く泳ぐメダカをたも網ですくう子どもたち=いずれも射水市本町で

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 お堀は、深さ〇・五メートル、幅四メートル、水深〇・一メートルほど。コンクリートで護岸され、底にはヘドロがたまり、この日はほとんど流れはない。こんなところにメダカはいるのか。子どもらは半信半疑の様子で、お堀を眺めた。

 たくさんのアメンボがスイスイ水面を滑り、シオカラトンボも顔を見せた。数分後、「いたぞ、いたぞ。メダカがいっぱいだ」と子どもの歓声。水中に目を凝らすと、あちらこちらにメダカの群れ。体長二〜三センチもあるメダカがすばしっこく泳ぎ回っていた。

【上】捕獲したメダカを眺める林藍菜キャスターと子どもたち【下】捕獲したキタノメダカ

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 子どもたちは器用にたも網を使って、メダカをすくい、プラスチック水槽に入れた。捕獲したのは、キタノメダカらしい。

 新湊小四年の岡田采夕さん(10)は「素早い動きに追いつけなかったが、どうにか捕まえた」と捕獲に夢中になっていた。同小三年の吉住楓太君(8つ)は「ちっちゃくてかわいいメダカがたくさんいたよ」と満足そう。一方、米林さんは「十五年前と同じくらいメダカがいっぱいいた。自然が町中に残っていてとてもよかった」と安心した様子だった。

船問屋の堀、かつて海の魚も

 メダカがいたお堀は、江戸時代に北前船の船問屋だった旧家・宮林家を囲む古い木塀の外周(約三百メートル)に掘られている。

 かつては射水市善光寺や高岡市下牧野などから米俵を小舟に載せ、宮林家敷地内にある米蔵に運ぶために使われた。

 宮林家は、江戸時代に大阪や兵庫から綿を買い付けるなどしながら海運業に進出。北海道からニシンで作った肥料を運び、射水市内の農村に販売した。

 宮林正子さん(72)は「昭和初期には海から入り込んできた魚を目当てに、釣りを楽しんでいた人もいた。小舟に乗って花見をしていたとも聞いた」とお堀の歴史を振り返った。

船問屋だった宮林家の敷地内にある堀

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 宮林さんによると、お堀にはメダカのほかにヤゴやドジョウ、ザリガニがいるという。最近はお堀は松葉が堆積してヘドロのようになり水の流れが止まるようになった。今は冬に取り除いた雪を流し込むために使っている。

 宮林さんは「この自然環境を保っていかないといけない。まずはメダカがすみやすいようにお堀の底にたまった泥を取り除かなければいけないですね」とほほ笑んだ。

(第18回)2014年7月31日放送(動画提供:BBT)

  • 取材場所:射水市本町
  • お堀の規模:3m×25m、水深5cm
  • 水温:35.4℃
  • 15年前にも調査した射水市本町(旧新湊市本町)の古い民家のお堀を再調査。キタノメダカの大きな群れをいくつも確認した。ここのお堀は夏場になると度々干上がることがあり、水が干上がるとメダカは姿を消し、水が戻るとメダカも戻るという不思議な場所。近所の人たちもメダカの謎に首をかしげている。
  • 他の生物=ザリガニ

 県内のメダカなど淡水生物の情報は北陸中日新聞富山支局へ。電話076(424)4141、ファクス076(422)3191

 

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