トップ > 富山 > 1月4日の記事一覧 > 記事

ここから本文

富山

平成の記憶(3) 2014年 高校サッカー 県勢初V

初優勝し、喜びを爆発させる富山第一イレブン=2014年1月13日、東京・国立競技場で

写真

富山一 逆転劇に歓喜

 筋書きのないドラマだった。初の北陸対決となった県代表の富山第一と石川県代表の星稜による二〇一四年の全国高校サッカー選手権大会決勝。2点を追う富山第一は後半42分に初得点を挙げ、その数分後のロスタイムに同点弾。延長戦で勝ち越し、富山県勢初の日本一に輝いた。

 「あの優勝も周りの反応も、いつまでたっても忘れられない」。大塚一朗監督(54)は思い返す。県全体が歓喜に沸き、決勝のテレビ中継は、県内の瞬間最高視聴率が60%を超えた。今でも買い物の最中に「こんなところで有名人に会えるなんて」と声をかけられるほどだ。

 感動を呼んだのは単なる優勝だけではなかった。主将だった大塚翔選手(23)=J2、FC琉球=は大塚監督の次男。親子で優勝を勝ち取った姿に、多くの人が心動かされた。

当時を振り返る元主将で現在FC琉球の大塚翔選手(左)と父親の一朗監督=富山市の自宅で

写真

 大塚選手は新チーム発足時、部員の投票で主将に選ばれた。嫌だと思ったこともあったが、部内の雰囲気を親子で共有して、それを基に大塚監督が選手とコミュニケーションを図った。そうした連携が雰囲気づくりに一役を買ったという。

 「親子二人でまとめあげられたチームだったと思う」と大塚選手。試合に出られない部員はチームを押し上げ、メンバー入りした選手は「仲間のため」という意識が強くなった。

 それがはっきりしたのは準々決勝。準決勝から高校サッカーの聖地「国立競技場」で試合ができるため、大会前「最低でも国立に連れて行く」と約束していた。ベスト4が決まった瞬間、スタンドで応援する仲間を見ると、どっと涙が流れた。「みんなのために背負っていたものがあふれ出た感じで。とことん最後まで戦おうと思えた」

 準決勝はPK戦で勝利。そして、決勝は延長戦の末、逆転で優勝を決めた。抱き合い大喜びした選手たち。膝をつき涙を流した大塚監督。五万人近い観客がうなり、祝福した。試合後はくたびれるほど取材をこなしたが、その日は全く眠れず、興奮がいつまでも冷めやらぬようだった。

 優勝は、後輩の刺激にもなった。富山第一の選手が掲げる目標はいつも「日本一」だ。当時九十九人だった部員は今では約百五十人に。全国制覇ができる高校と信じ、門をたたく選手が増えたという。

 名将として名をはせるようになった大塚監督も目標はぶれない。「何が良くて優勝できたのか、その答えを旅みたいにずっと探してる」と二度目の日本一を見据える。 (向川原悠吾)

写真
 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索