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小川正洋さん死去 「楯の会」三島事件に参加

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 作家の三島由紀夫が一九七〇年十一月、憲法改正のための自衛隊の決起を呼びかけた「三島事件」に「楯の会」メンバーとして参加した小川正洋(おがわ・まさひろ)さんが二十六日、死去した。七十歳。千葉県出身。自宅は浜松市中区中島。通夜は二十八日午後七時、葬儀・告別式は二十九日午前十一時から、同市中区向宿三の三の二五、浜松葬儀はまそう会館浜松南で。喪主は長男の紀一郎(きいちろう)さん。

 小川さんは七〇年十一月二十五日、三島と楯の会メンバー三人とともに、陸自市ケ谷駐屯地に乗り込み、益田兼利東部方面総監(当時)を人質にして立てこもった。三島は割腹自殺し、一緒にいたメンバー森田必勝(まさかつ)も自殺した。小川さんは監禁致傷などの罪で懲役四年の実刑判決が確定した。

 関係者によると、服役後、妻の実家がある浜松市で約四十年過ごし、故安倍基雄・元衆院議員(旧民社、旧自由党)の秘書、旧民主党静岡県連事務局長を務めた。(写真は七〇年当時)

◆「穏やかな人」 作家渥美さん哀悼

 小川さんと面識があり、三島由紀夫を研究している作家の渥美饒児(じょうじ)さん(65)=浜松市西区雄踏町=は、小川さんの印象を「温厚な人」とし、「三島事件についてはあまり語りたがらず、過去を封印しているようにも見えた」と話した。

 小川さんと四十年近く親交のあった男性によると、小川さんは三島を「先生」と呼んでいたが、三島事件後、楯の会のメンバーとは交流を断っていた。男性は「とても穏やかだが、影のある人。仕事以外の交友関係をあまり広げたがらなかった。ここ十年ほどは体調が芳しくなかった」と話した。

 小川さんが死去した二十六日は、三島の命日の翌日だった。

 

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