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しずおか蹴球伝 王国の歩み

東海大一高の挑戦(4) 多彩なキック 沢登正朗

◆試合度胸 高い決定力

1986年度の全国高校選手権大会でシュートを放つ沢登正朗選手(左から2人目)

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 望月保次監督が、一年生の沢登正朗(46)=富士宮市出身=の存在に気付くのは早かった。最初にグラウンドに入り、すぐにボールを蹴っていたからだ。

 「ずいぶんと熱心な子だな」。望月はすぐに、沢登の選手経歴に目を通した。中学時代での選抜歴は、静岡市選抜だけで、中部選抜にも入っていなかった。当時の身長は一六〇センチほど。目立つ存在ではなかった。だが、沢登のキックに多彩な種類があることに目を止めた。「これは使えるな」。技術を重視する指揮官は、入部間もない沢登を武南高(埼玉)との春季定期戦に攻撃的MFで出場させた。

 その試合で沢登はゲームメーカーとしての力を発揮した。ボールを受けたら、ミスが少ない。左右にボールを散らし、展開力もあった。「一年生なのに、試合度胸がある。守備に問題はあるが、これならいける」。以後、望月は沢登を起用し続けた。指揮官の目に狂いはなかった。沢登は多彩なパスのほかに、決定力が高かった。望月は「ただ単にボールを配給するゲームメーカーに終わらず、FWとともに点を奪うところが、素晴らしかった」と振り返る。

ジュビロ磐田のキャンプを視察する沢登正朗さん=鹿児島市の鴨池陸上競技場で

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 一九八六(昭和六十一)年度の全国選手権で初優勝、翌八七年度の全国選手権で準優勝。沢登は味方のアシストに、そして得点にと、抜群の働きを演じ、東海大一の名を全国に知らしめた。

 沢登は、東海大卒業後、清水エスパルスに入団。九二年から引退する二〇〇五年まで十四年間在籍し、ファンから「ミスターエスパルス」の愛称で呼ばれた。J1通算三百八十一試合で85得点。中盤の選手ながらずばぬけた得点力を誇った。

 その沢登が一三年から、常葉大浜松キャンパスの監督に就任、指揮を振るっている。三年間で、三回全国大会出場を果たしたが、いずれも一回戦敗退。全国一勝は遠い。しかし、人一倍の負けず嫌いで、研究熱心な指揮官。現役時代、多彩な技でスタンドを沸かせた沢登は「縦の速さも加わり、チームは良くなっている」と前を向いている。

=文中敬称略

 

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