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しずおか蹴球伝 王国の歩み

東海大一高の挑戦(3) 決勝の壁 敗れて痛感

世登泰二さん

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 世登泰二(49)の実家は、富士山と三保松原を仰ぎ見る静岡市清水区三保。近くの東海大付属小学校でサッカーを始め、後に東海大一の監督になる望月保次からサッカーを教わった。清水市内の優秀な生徒を集める清水FCでも活躍。清水第五中を経て、憧れの東海大一に進学した。

 二年生からレギュラーに。三年生の全国高校選手権県大会決勝は、準決勝で優勝候補の静岡学園を破った藤枝東と、東海大一の顔合わせとなった。

1984年度の全国高校選手権県大会決勝で藤枝東の攻撃を跳ね返す東海大一のDF世登泰二選手(4)ら=静岡市内で

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 東海大一は夏に開かれた九校リーグで藤枝東に大勝しており、下馬評は、東海大一が有利。全国大会初出場に向け、イレブンは燃えていた。しかし、試合は、藤枝東が前半にFKから先制。世登は「先制されてあせって、前がかりとなった」と試合を振り返る。

 後半にも、藤枝東の二年生FWの中山雅史(現アスルクラロ沼津)に追加点を入れられ、最終的には1−3で敗れた。ベンチ外となりスタンドで見守っていた東海大一の選手の号泣が、決勝で勝つことの難しさを教えてくれた。

 自宅が近くにありながら、一年生から寮生活を送った。早朝からの洗濯、先輩の食事の世話…。つらいことも共有した仲間の泣き顔に「負けて申し訳ない」と頭を下げた。「藤枝東の伝統の重みを痛感した。決勝の舞台では、ワンランク上の力を持っていないと、勝てない。修羅場の経験が必要だった」

 東海大一を卒業後、東京農業大を経て、ヤマハ発動機に入社。サッカー部で四年間プレーした後、同社のサッカースクールコーチなどを歴任。現在はジュビロ磐田U−15(中学生)の監督を務める。基本方針は選手に教え込み過ぎないこと。世登は「常に、攻守の目的を意識した中で、選手が自分で考え、行動するように、もっていきたい」と話す。 

=文中敬称略

 

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