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しずおか蹴球伝 王国の歩み

東海大一高の挑戦(1) 個を育て戦術と融合

望月保次さん

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 東海大静岡翔洋高サッカー部の総監督を務める望月保次(68)は旧清水市出身。江尻小学校で、清水サッカー育ての親といわれる故堀田哲爾さんの教えを受けた。状況に応じて自由な発想が許されるサッカーの魅力にはまった。清水第一中サッカー部では左ウイングを務め、高校は、あこがれていた清水東高に入学した。

 高校三年間、サッカー部の監督がおらず、自分たちが考えた練習をこなした。上から与えられたものではなく、自分たちの知恵を絞ったものに価値があった。しかし、高校三年の時、全国高校選手権県大会決勝で、静岡工業に屈して全国大会出場を逃し、「監督がいれば、勝てた」と痛切に思った。と同時に「指導者になって、サッカーの奥深さを子どもたちに伝えたい」という気持ちが沸き上がってきた。

1985年度の全国高校選手権大会で初優勝を飾り、胴上げされる望月保次監督

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 日本体育大卒業後、本田技研工業サッカー部の前身の本田浜友会に入団。同サッカー部が一九七一年に創部した時には、主将を務めた。その後、東海大付属小に教諭として赴任する。

 サッカー指導を始めた望月は「伝える言葉を選びながら教えているうちに、指導にのめりこんでいく自分がいた」という。持論は「選手の個々の特徴を伸ばし、チームの戦術と融合させる」。高い個人技が、指導者の戦術に結び付いて勝ちにつながることに言い知れぬ喜びを感じた。

 東海大静岡翔洋高の前身、東海大一高の監督として全国選手権県大会決勝で六回も敗れたが、全国選手権優勝一回、準優勝一回、全国総体準優勝一回の成績を収めた。

 成績以上に、日本を代表する個性的な中盤の選手を続々と輩出したことは、望月の力量によるものが大きかった。J1リーグ通算出場試合数ランキング二位の伊東輝悦(ブラウブリッツ秋田)、W杯二大会連続出場の服部年宏(ジュビロ磐田強化部長)、“ミスターエスパルス”と愛された沢登正朗(常葉大浜松キャンパス監督)…。名前を出せば、すぐにプレースタイルが脳裏に浮かぶ選手がずらりとそろう。

 望月は九一年度末で東海大一の監督を退き、清水エスパルスのヘッドコーチ、育成グループリーダーなどを経て、東海大静岡翔洋高の総監督に就き、黄金期の再来を目指している。

=文中敬称略

 

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