トップ > 静岡 > 地域特集 > しずおか蹴球伝 王国の歩み > 記事一覧 > 2015年の記事一覧 > 記事

ここから本文

しずおか蹴球伝 王国の歩み

紡がれる闘魂 清水東(5) 静岡を制する者は

大石隆夫さん

写真

 「静岡を制することは全国で優勝することより難しいと痛感した」。一九八二(昭和五十七)年度の全国選手権で、清水東高の初優勝に貢献したFW大石隆夫(51)は苦笑いを浮かべて振り返る。

 この年、清水東は全国高校総体(インターハイ)三連覇の夢を県大会の準々決勝、静岡高戦のPK負けで断たれた。小柄ながら左ウイングでチームをけん引する三年生大石の視線は、全国高校選手権出場一つに絞られていた。

 その選手権県大会決勝で清水東は崖っぷちに立たされた。東海大一(現東海大静岡翔洋)に1−2とリードを許したまま後半ロスタイムに突入。GK膳亀信行(三年)のフリーキックはやり直し。その後、右サイドにボールが渡ると、MF望月哲也(三年)の約四十メートルのシュートが、相手GKの頭上を破った。県高校サッカー界の歴史に深く刻まれたゴールだった。

1982年度の全国高校選手権準決勝で帝京高を下し、スタンドにあいさつする清水東イレブン。右から6人目が大石隆夫

写真

 これで息を吹き返した清水東は延長でMF大榎克己(二年)の決勝点で、東海大一を3−2で下した。大石は「膳亀のフリーキックがやり直しにならなかったら、全国大会出場はなかった。本当に紙一重の勝利だった」という。

 旧清水市出身。清水東では一年生からベンチ入りし、八〇年度の全国選手権準優勝を経験した。三年生でレギュラーとなった大石は東海大一との激戦を制したことで、「全国大会出場を途切れさせたくない一心での戦い。全国でも相当やれるのでは」と確信に近いものを得ていた。

 二年生に、後に清水エスパルスの顔となった、大榎、FW長谷川健太(G大阪監督)、DF堀池巧(順天堂大監督)をそろえ、戦力も充実していた。全国選手権では快進撃を続け、準決勝で帝京(東京)を1−0、決勝では韮崎(山梨)を4−1で下し、清水東初の全国選手権優勝を成し遂げた。

 大石は、国士舘大を経て、ジュビロ磐田の前身のヤマハ発動機に入り、Jリーグ昇格に貢献した。一九九四年三月の名古屋グランパス戦では、0−0で迎えた後半35分、決勝点をマーク。磐田のJリーグ初得点だった。九五年に現役引退。その後は磐田の下部組織の監督などを務め、現在も運営部で磐田を支えている。

=文中敬称略

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

中日新聞しずおかの記事はこちら

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索