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しずおか蹴球伝 王国の歩み

紡がれる闘魂 清水東(4) 「三冠」目指した伊達ら

伊達芳弘さん

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 清水東高に入学し、サッカー部に入った伊達芳弘(53)を待っていたのは、新入生の実力テストによるクラス分け。最優秀のクラスに入ったが、毎週火曜の実力テストでつまずいた。数学で合格点に達することができず、追試が決まった。追試の時間は、サッカー部の練習時間と重なる。遅れて練習参加した伊達を待っていたのは、監督の勝沢要の怒声だった。

 県内有数の進学校。伊達は入学早々、サッカーと勉強の両立の難しさに直面した。全体の練習時間は約二時間と短かったが、その後に、自主練習を約二時間こなしレベルを上げた。「決してやらされる練習ではなく、相手をどうやって抜くかとか、頭を使った自主練習だった」と振り返る。

 旧清水市出身。小、中学校時代は主にセンターフォワードだったが、清水東高一年でサイドバックにコンバートされた。三年の時、松山市で開かれた全国高校総体で優勝を飾った。総体終了時、同級生二十人中十七人が大学受験のため退部した。「国体の静岡県選抜に入っていたし、やめるわけにはいかなかった。両親からは、『費用がかかるから、進学は国公立大にして』と言われていたので、勉強も必死でした」という。

 国体でも優勝した伊達らは、全国高校選手権で藤枝東高以来、二回目の「三冠」を目指すことになった。当時は「全国総体出場した高校は全国高校選手権に出場できない」というジンクスが生きていた。

 全国選手権県大会では冷や汗をかいた。Dブロックの最終戦。二戦二勝の清水東高は、一勝一敗の静岡学園高と対戦。3−4で敗れたが、得失点差で辛うじてブロック首位を確保。決勝トーナメントも制し、全国大会に出場できた。

 一九八〇(昭和五十五)年度の全国高校選手権で優勝候補に挙げられた清水東は一、二回戦を苦しみながら突破。準々決勝の帝京(東京)戦は本来のパスワークがさえ、3−1で快勝した。しかし、チームとしてのピークが早く来すぎた。決勝の古河一(茨城)戦は、相手のスピードと運動量に押され、1−2で屈した。

 「悔しさはあったが、一年間、やり通したという満足感はあった」という伊達は決勝から二日後、大学受験に臨んだ。筑波大に見事合格し、現在は、浜松市立高で日本史を教え、サッカー部の監督を務めている。

=文中敬称略

 

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