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しずおか蹴球伝 王国の歩み

紡がれる闘魂 清水東(2) 関東勢撃破し初優勝

打倒関東に執念を燃やした清水東高の勝沢要監督

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 一九六六(昭和四十一)年、二十七歳の勝沢要は母校の清水東高に教諭として赴任。さっそく、サッカー部の監督となり、指揮を執り始めた。

 打倒藤枝東への熱い思いは選手に伝わった。小学生年代から鍛え抜かれていた選手の力も備わっていた。七二年の全国高校総体(インターハイ)で初優勝。両ウイングを置いてサイドからゴールを目指すオープン攻撃を確立した。勝沢は「藤枝東は自在のパスワークで一時代を築いた。清水東は同じことはせず、両サイドをうまく使うことで、攻撃を活性化させていった」とそのスタイルへのこだわりを口にした。

 七四年度、清水東高は全国高校選手権に出場、決勝で帝京(東京)に敗れたものの、準決勝で相模工大付属(神奈川)に2−1と劇的な逆転勝ちを収めるなど、「全国に清水東あり」と印象づけた。しかし、勝沢の胸にはひっかかりがあった。県勢は三年連続、決勝で関東勢に屈したからだ。

1982年度の全国高校選手権で初優勝を飾り、優勝旗を先頭に胸を張って行進する清水東イレブン=東京・国立競技場で

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 「これからは打倒関東。東征だ」。練習は激しさを増した。進学校のため、限られた時間の中で、頭を使った練習で効率化を図った。八二年度の全国選手権。勝沢の執念は実った。準決勝で帝京を1−0で下し、決勝で韮崎(山梨)を4−1で粉砕して初優勝を飾った。関東勢を撃破しての優勝に意味があった。

 帝京戦のハーフタイムでは二年のFW長谷川健太(現G大阪監督)に活を入れた。同選手は試合前日から発熱で体調を狂わせ、前半の出来が悪かった。勝沢は「ベンチに下がるか。お前の代わりは何人もいるんだぞ」と言い放った。

 負けず嫌いの長谷川の顔色が変わった。後半に決勝点を入れたのは、反発心をむきだしにした長谷川だった。スローインのボールを受けた長谷川の左足シュートは、怒りを込めた猛烈なミドルシュートとなって、帝京ゴールに突き刺さった。勝沢は、選手の心理を読んだ采配にたけていた。強気な選手には、あえて厳しい指示を出して反骨心に期待した。叱るとしゅんとなる選手は持ち上げた。

 ピッチの外では、勝沢の妻保子(71)が選手を支えた。謹厳実直な勝沢。選手は緊張感で雰囲気が重くなる。そこで、保子も東京都内の選手宿舎に泊まり込み、選手の世話をすることで緊張を和らげた。休憩の合間にフルーツとハチミツで作った特製ジュースを差し入れ。選手のグチや悩みを聞いて回っては、アドバイスを送り、全国制覇の後押しをした。

=文中敬称略

 

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