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静岡連載

宗吉の音 幻の作曲家を追って(6)

◆出征へ節くれ立つ指

鉄道第二連隊の軽便線敷設演習の様子=千葉県習志野市教委提供

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 一九三九(昭和十四)年八月、二十四歳の尾崎宗吉は津田沼(千葉県習志野市)に演習場がある鉄道連隊に入隊した。三カ月間の訓練を経て、いよいよ明日、中国へ出征するという時、宗吉の妻郁子のめいに当たる金森登喜子が面会にやって来た。女学生の登喜子は、夫妻の自宅へ遊びに通ううち、宗吉のことを「宗ちゃん」と呼ぶほど親しくなった。宗吉もまた「登喜ちゃん」と娘のようにかわいがっていた。

 登喜子の作文によると、面会所は二十畳ほどの広さで、高い天井には裸電球が一つだけ。ほの暗い部屋には薄汚れたいすとテーブルが雑然と置かれていた。中央の四角いテーブルでは、手袋、靴下、お菓子…と、年老いた女性がかんで含めるように言いながら一つ一つ包みを開け、息子らしい兵士に手渡している。登喜子たちはそんな様子を眺めつつ、畳敷きの一角に腰を下ろした。

運転演習の様子=千葉県習志野市教委提供

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 やせた体の宗吉に軍服は似合っていない。上衣はもう一つ体が入りそうなくらいにブカブカで、何とも不格好に見えた。軍隊では理不尽な暴力がまかり通る。宗吉自身、ささいなことでしょっちゅう、殴られた。

 「おかげで面の皮が厚くなったらしい」

 「手は大丈夫?」

 「ああ。たまらなくピアノやセロが弾きたくなるよ。向こうへ着いたら、五線紙を送ってくれ。今にすごいのを作るから」

昭和初期の津田沼にあった同隊の表門=千葉県習志野市教委提供

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 音楽への情熱を口にする一方で、実は宗吉はもがいていた。「まず兵隊にならねばならなかったのです」と後に語っている。

 「第一中隊五班、尾崎宗吉。ただ今、面会終わりましたっ」。面会時間の終わり間際、宗吉は兵隊らしい大きな声を張り上げてみせた。

 「お体を大切に。素晴らしい作曲を楽しみに待っていますわ」。登喜子は宗吉の手を握った。ピアノの鍵盤を滑る細い指はすっかり節くれ立っていた。

 

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