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静岡連載

夏の甲子園100年 球児たちの軌跡 静岡大会優勝校<5> 常葉菊川

◆どん底から一丸 快進撃

10年前、常葉菊川の主力だった町田友潤さん。「野球を楽しもう」という思いで高校生最後の大会に臨んだという=浜松市東区で

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 「正直、負けてもいいと思っていたんです」

 二〇〇八年の常葉菊川(現常葉大菊川)で攻守の中心だった二塁手町田友潤(ともひろ)(28)=浜松市中区=が、十年前の七月に思いをはせる。春夏四回連続の甲子園出場を目指し臨んだ静岡大会。当時のチームには、開き直りにも近い気持ちが芽生えていた。「もうこれまで三回も甲子園に出てる。だから、出来すぎだろうって」

 そう思ったのには訳があった。チームは春の県大会準々決勝で、常葉橘(現常葉大橘)に3−15でコールド負け。前年秋の明治神宮大会で日本一を達成していただけに、周囲の落胆は大きかった。五月には、監督の森下知幸が自らの不祥事で謹慎を申し出た。

 練習に身が入らない日々が続き、空中分解寸前だった。チームをまとめ上げたのは、主将だった前田隆一(27)=東京都杉並区。「泣いても笑っても最後の夏。野球を楽しもう」。どん底のチームは一つになった。

 だが、甲子園への切符は簡単にはつかめなかった。三回戦から接戦が続き、浜松商との準決勝は3点リードで迎えた九回、1点を返され、なおも1死三塁。そのピンチを守備の要、町田が救った。中前に抜けそうなライナーを好捕し、反撃を食い止めた。

 「森下監督の指導のおかげです」。町田はプレーを振り返る。当時、チームはバントを一切しないフルスイング打線を掲げていたが、練習で比重を置いたのはむしろ守備だった。「ただ打つだけならノーガードの殴り合いになってしまう。守備がしっかりしてこそ、フルスイングができる。練習時間の半分以上は監督のノックだった」

静岡大会での優勝の瞬間、グラウンドに集まって喜ぶ常葉菊川ナイン=2008年7月25日、草薙球場で

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 決勝戦では、投打で静岡を圧倒した。打線は3本の本塁打を放ち、投げては左腕のエース戸狩聡希(としき)(28)が速球とスライダーを武器に10三振を奪い、静岡打線を翻弄(ほんろう)した。九回に三振を奪われた静岡の主砲山崎大輝(27)=相模原市=は「140キロ前後の球がバンバンコースに決まってきた。僕らは新チーム結成時から打倒菊川でやってきましたけど、勢いは止められませんでしたね」と振り返った。

 前田は優勝の瞬間、「優勝して当然という雰囲気すらあった中で、期待に応えられてホッとした」という。野球を楽しもうと気持ちを切り替えてはみたものの、周囲からの期待や重圧はつきまとっていた。

 甲子園では、全国の強豪相手に勝利を重ね、決勝戦に進出。県勢二度目の夏の全国優勝にも期待がかかったが、戸狩の左肘のけがなどもあり、大阪桐蔭に0−17と大敗した。

 同校はこれまで、夏の全国大会に五回出場しているが、この年が最高成績となっている。華麗な守備で甲子園を沸かせた町田は高校生最後の夏を振り返り、笑顔を見せる。「みんなでプレーした最後の大会。楽しかったという思いしかないですよ」

=文中敬称略

(鎌倉優太)

 

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