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静岡連載

夏の甲子園100年 球児たちの軌跡 静岡大会優勝校<4> 掛川西

◆2年生中心 意地の頂点

1964年の掛川西の快進撃について振り返る山崎道夫さん

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 一九六四年。東京五輪のムードが高まる中で迎えた夏の高校野球静岡大会。二十六年ぶり二度目の優勝を果たしたのは掛川西だった。快進撃を見せた当時のチームは、レギュラー九人のうち五人が二年生。二年生エースだった山崎道夫(70)=浜松市中区=は「上級生に負けてたまるか、という思いが僕らを突き動かしていた」と振り返る。

 「先輩たちのしごきがきつくてねえ」。山崎は当時の練習のつらさを今でも思い出す。声が出ていない。たるんでいる。さまざまな理由で先輩からしごかれた。「下級生にレギュラーをとられるっていう危機感もあったんじゃないかな」。だからこそ、「目上の人たちを黙らせるにはレギュラーをとるしかない」と闘志を燃やした。

 六二、六三年、二年連続で初戦敗退。汚名を返上しようと臨んだ榛原との初戦を投打で圧倒。7−0でコールド勝ちした。山崎は相手を無安打に抑え、打線も大量得点でもり立てた。「初戦を圧勝したら、あれよあれよととんとん拍子に勝ち上がっちゃってね。先輩たちが泣いて謝ってきたよ」と、山崎は笑う。

掛川西のエースとして、64年の静岡大会決勝戦で投げる山崎さん=草薙球場で(本人提供)

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 決勝戦の相手は清水工。ここでも力を発揮したのは二年生たち。山崎は持ち味のキレのある直球と制球力を武器に、安定した投球を見せた。打線も着実に加点し、4−1で勝利。掛川西にとって、戦後初の優勝だった。この試合で放った8安打のうち6安打は二年生によるものだった。

 甲子園の初戦、延長十八回まで戦った末の再試合という激闘の末に勝ち上がった。掛川西は現在まで、計五回夏の甲子園に出場しているが、白星を挙げたのはこのときだけである。二回戦では、後にプロ野球界で鉄人と呼ばれる故・衣笠祥雄が率いる平安(京都)に接戦の末敗れ、涙をのんだ。

 甲子園を経験した二年生が三年生で臨んだ翌年の静岡大会は三回戦で姿を消した。一番打者だった結城和彦(70)=掛川市=は「一度、甲子園に行って燃え尽きちゃったんですかね。やっぱり、上級生に追いつき追い越せという気持ちがあった六四年の方が、波に乗ってましたよ」と語る。

 二年生中心チームで、静岡の頂点に一気に駆け上がり、甲子園でも奮闘した掛川西。五十年以上たった今でも、色あせることはない。 

=文中敬称略

(鎌倉優太)

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