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静岡連載

夏の甲子園100年 球児たちの軌跡 静岡大会優勝校<3> 浜松西

◆前人未到の無失点記録

浜松西のエースだった頃を振り返る宮田守啓さん

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 静岡大会で決勝までの六試合すべてを無失点で投げ抜いた投手がいる。第六十三回大会(一九八一年)の浜松西のエース、宮田守啓(もりひろ)(55)=東京都=だ。

 抜群の制球力とスライダーの切れで初戦の二回戦を五回コールド、三回戦も七回コールド、四回戦から決勝までの四試合はいずれも九回の計48回を連続で零封した。前人未到の大記録は三十七年たつ今も破られていない。

 宮田は「自分にとって勝たなければいけない要素がいっぱいあったことが、あの夏を勝ち抜くエネルギーになった」と振り返る。

1981年静岡大会決勝で優勝を決め喜ぶ宮田さん=草薙球場で

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 浜松西は前年の決勝、浜松商に0−4で敗れ、あと一歩で甲子園を逃した。当時宮田は二年生で遊撃手だったが、相手エースの浜崎修(55)=浜松市南区=は、同級生で小学時代から意識してきた存在。先を越された悔しさが込み上げた。試合後に周辺から聞こえた「今年が駄目だったらもうチャンスはないかも」という雑音も、反骨心に火を付けた。

 それから一年間、浜松西は徹底して守りを鍛えた。上位校の対戦では、1点が大きく左右するからだ。宮田は自分の前への送りバントなら、絶妙のフィールディングで打者ではなく走者を刺すのが得意だった。「相手のダメージは大きいでしょ。ロースコアならどこにも負ける気はしなかった」という。チームメートの堅守に後押しされ、つかみ取った初優勝だった。

 主将の清水淳次(55)=浜松湖北高佐久間分校副校長=は、前年の青い準優勝旗を返還した開会式後のインタビューで「今年は赤い旗(優勝旗)を取りに来た」と答えたことを覚えている。新チーム後、秋季県大会ベスト8、春季県大会ベスト4と力を見せつけ、「甲子園がすぐそこに見えていた。明確な目標として練習からナインを鼓舞した。進学校で甲子園に行くことに価値があった」と、有言実行に胸を張る。

1981年静岡大会で、優勝旗を先頭に行進する浜松西ナイン=草薙球場で

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 浜松西にとって唯一となっている甲子園では、一回戦で佐賀学園に1−0で勝利。宮田の無失点記録は57回まで伸びたが、二回戦の北陽(大阪)戦の初回に失点し、敗れた。

 一人の選手が全試合を投げ抜くことが少なくなった今の時代では、宮田の記録を塗り替える投手は二度と現れないかもしれない。宮田は、大学時代の病気をきっかけに野球とは距離を置く生活を送っているが「自分の記録が、みなさんのメモリーの一部として存在していることはうれしいですね」と、しみじみ語った。

 一方、清水は卒業後も、母校などの監督をするなど十九年間高校野球に携わった。「あの夏の経験は、後輩たちともう一度夢を追い掛ける大きな糧になった」

=文中敬称略

(高柳義久)

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