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静岡連載

袴田さん再審判断 和らぐ心、判断待つ

◆釈放4年、日常に変化

地下道を散歩中、左手でつくったサインをポスターに向ける袴田巌さん=9日、浜松市中区で

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 約半世紀の獄中生活の末、二〇一四年三月に静岡地裁の再審開始決定で釈放された袴田巌さん(82)。浜松市中区の姉秀子さん(85)宅で暮らし、「仕事」と称する散歩を日課にしてきた。言葉は拘禁症状の影響が見られる一方、四年の間に動きやしぐさは和らいでいる。

 九日午後一時すぎ、袴田さんが自宅から出てきた。草模様の半袖シャツにカーキ色のベストを着て、頭には緑色のソフト帽。一キロ東のJR浜松駅方面を目指し、気温三〇度超の下、前かがみでつま先を外に向けながら歩を進めた。

 時折、ポスターや店の前で立ち止まり、親指と人さし指で丸をつくったりピースサインをしたり。通行人やタクシー運転手に「お元気そうですね」「頑張って」と声を掛けられると、少し手を挙げて応えた。

 最近のお気に入りは自宅近くの公園。この日も午後五時ごろ立ち寄り、ベンチに座ってまどろんだ。動物好きの袴田さん。散歩中のイヌが顔を近づけてくると少し表情が和らいだ。

 袴田さんは釈放後、拘禁症状から回復するために入院した。一四年六月末に外泊を許され、四階建てビル最上階の秀子さん宅に宿泊。風呂から上がり、中心街を一望できる畳敷きの寝室に寝転ぶと、窓から風が吹き込んだ。「ここが良い」。すぐ病院に戻る予定だったが、秀子さんが医師と相談。退院して秀子さん宅での生活を始めた。

 釈放後から密着取材してきたジャーナリスト青柳雄介さん(55)が「変わった」とみるタイミングがある。

 袴田さんは当初、東京拘置所の独房にいた頃のように家の中を歩き回っていた。だが同八月末、自宅で倒れて緊急入院し、胆のう炎が発覚。胆石などを取り除き、心臓も手術した。青柳さんは「それから笑顔が増えた。ずっと痛みに耐えてきたのだろう」と語る。

 言葉には依然、拘禁症状の影響が残る。袴田さんは最近、集会でマイクを握ると「ローマ法王」を自称する。報道陣に「裁判は」と水を向けられても「あんなもんはうそだ」「ばい菌がたくさんいる」と語る。

 ただ、秀子さんや近くで接してきた支援者らによると、小さな変化はある。

 秀子さんは、袴田さんが来てから二年以上あくびをするのを見なかったが昨年、初めて口を大きく開けて眠そうにする姿を見て驚いたという。最近は散歩から帰ると「ただいま」と言うようになり、東京や大阪など静岡県外の集会へ積極的に行く。秀子さんも「だいぶ明るくなった」と話す。

 秀子さんは集会などに行く際、袴田さんに「ローマに行くよ」と声を掛ける。東京入りする十日も、同じように誘うつもり。袴田さんは気分が乗れば、決まってこう言って腰を上げるという。「そうだな、行かにゃ」

◆支援団体 最後の署名活動

署名活動を行った支援者(左)ら=9日、JR浜松駅前で

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 東京高裁の即時抗告審での判断が迫った九日、袴田巌さんを支援する「浜松 袴田巌さんを救う市民の会」は、浜松市中区のJR浜松駅前で、高裁が引き続き再審開始を認めた場合、上川陽子法相が指揮権を発動し、検察側が特別抗告しないよう求める最後の署名活動を行った。

 寺沢暢紘共同代表(72)らがマイクを握り、「袴田さんに残された時間は少ない。一刻も早く再審公判が始まることを願っている」と街頭で訴えた。この日の署名活動活動では、九十三筆が集まった。十三日に検事総長を指揮する権限を持つ上川法相宛てに提出する。

(鈴木凜平)

 

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