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静岡連載

事件が問うもの<下> 事件報道のあり方

◆捜査情報の検証怠るな ジャーナリスト 高杉晋吾さん

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 −一九七九年、袴田巌さんの冤罪(えんざい)の可能性を雑誌で最初に指摘した。

 当時、判決文などの資料を丹念に読むと、犯行着衣とされた「五点の衣類」の血の付き方、被害者の傷の深さと合わない凶器、具体性のない自白などに、つじつまの合わないシナリオが多かった。捜査員に取材しても、彼らは「言えない」というばかりだった。

 −東京拘置所で袴田さんに面会取材したり、「無罪の心証」を後に告白した一審の元裁判官にも会ったりしている。

 確定死刑囚となった袴田さんに家族や弁護士以外で初めて面会した。数十回は足を運んだ。袴田さんからは「常識で考えろ」と。五点の衣類については「(事件後に)ずっと警察やマスコミに監視され、工場のみそタンクなんかに隠せるわけがない」と言われた。その後も手紙を三百通ほど交わした。「人間として生きたい」など、自分を強く保とうとする内容が多かった。

 元裁判官が「死刑判決に反対していた」とうわさで聞き、死刑確定後に都内で会ったが、「言えない」と青ざめていた。一番触れられたくない心の傷をえぐられたように。何度も質問をぶつけることは難しかったが、判決に疑念を持っていたと確信できた。

 −当時の新聞報道をどう見ているか。

 報道機関の役割を放棄していた。プロボクサーの袴田さんが捜査員にフィリピンでの遠征試合の思い出を語ったとき、「警察官が調べると、フィリピンに行ったのはうそ」という記事が載った。ボクシング雑誌を手繰れば、すぐに事実と分かる。他にも「雑談以外は一切知らぬ存ぜぬを決め込んでいる」「うそつきも相当なものらしい」など犯人視した報道が多かった。

 −事件を振り返って。

 捜査機関、報道、裁判所それぞれが最低限の機能を果たさなかった。警察の見込み捜査、事実確認を怠った報道、マスコミが醸成した空気に「疑わしきは被告人の利益に」の判断ができなかった裁判所。三者が事件をここまで混迷させた。

 −その後の袴田さん関連の報道に思うことは。

 日弁連の支援、一審の元裁判官の告白、支援者の活動などで、報道は少しずつ変わったが、「大きく変化した」とまでは言えないのでは。死刑確定後も、袴田さんの呼称は「死刑囚」のままで、静岡地裁の再審開始決定まで変わらなかった。マスコミは責任を持たず、すぐに「お上の決定」に従ってしまう。

 国や捜査機関からもたらされた情報は、事実かどうかの検証が大事。複数の関係者に当たり、論理的に矛盾がないかを確認し、誰もが理解できる言葉で伝えるべきだ。それが冤罪を生まない力となる。

 袴田さんの即時抗告審はDNA鑑定に注目が集まるが、事件を大局的な視点で見つめ、公権力は「個人の平穏な暮らしを破壊しうる」という認識を持ってほしい。

(聞き手・角野峻也)

 たかすぎ・しんご 1933年3月、秋田市生まれ。早稲田大第一文学部卒業後、日本社会党(現社民党)の機関紙「社会新報」の記者を経て、フリーに。77年ごろ、袴田さんに死刑判決が下された事件の取材を始め、81年に無実の可能性に言及した新書「地獄のゴングが鳴った」を発表。他の著書に「権力の犯罪 なぜ冤罪事件が起こるのか」など。

 

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