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静岡連載

事件が問うもの<中> 虚偽自白の怖さ

◆取り調べ、全面可視化を 足利事件の冤罪被害者 菅家利和さん

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 −再審請求の即時抗告審で証拠の誤りが判明し、菅家さんが千葉刑務所から釈放されて、間もなく九年。

 早い。釈放後はすしを食べコーヒーを飲んだ。幸せをかみしめた。(被害女児が行方不明になった)月命日には手を合わせて、今も線香を上げている。

 −逮捕された時の状況を。

 その日は朝七時ごろ、刑事たちが家に突然上がり込んできた。「おまえは子どもを殺したんだな」と言われた。否定しても「おまえだろ」と決め付けられ、警察署に連れて行かれた。

 −なぜ、うその自白をしたのか。

 取調室で「早くしゃべって楽になれ」と言われ続けた。自分は犯人じゃないから全然分からない。刑事に殴られ、脚を蹴られた。その場を逃れたくて、午後十時すぎに「やりました」と話した。悔しかった。けど、それ以上に疲れていた。

 想像で事件のストーリーを作った。自転車でパチンコに行った道中、女の子に声を掛け、首を絞めて殺したというシナリオ。内向的な性格で、怒られるのが怖かった。取り調べで見せられた現場の写真をヒントに、刑事を納得させられるストーリーを考えた。

 宇都宮地裁の公判で否認したら国選弁護人に「何を言っているんだ」と叱られ、再び犯行を認めた。弁護人も何度か面会に来ただけで犯人と思い込んでいた。

 −袴田巌さんは、長年の拘禁症状に苦しんでいる。

 獄中は孤独だった。おかしくなるのは分かる。無期懲役と死刑は違うが、どちらも真っ暗なトンネルだ。支援者がいなければ、自分は声を上げられなかったし、出てこられなかった。

 −DNA鑑定が有罪の決め手になり、再審開始の決定打にもなった。

 警察には「証拠がある」とだけ言われた。今思えばいいかげんだった。自分を有罪にしたのも、無罪にしたのもDNA鑑定だから複雑な気持ち。取り調べた刑事は今も謝らない。絶対、許さない。世間では「菅家がやった」と思う人が一部いる。ずっと付きまとう。

 (栃木県の小一女児が殺害された)二〇〇五年の今市事件でも、殺人罪に問われた被告が「うその自白をさせられた」と否認に転じている。一審判決は無期懲役だった。でも、自分も公判を傍聴したが、遺体から被告のDNA型は検出されていない。捜査のやり方に自分の事件の教訓が生かされていないのでは、と思えてしまう。

 −虚偽自白による冤罪(えんざい)はどうすれば防げるか。

 犯人じゃなくても、逮捕・起訴されたら一巻の終わり。誰もがそうなる可能性がある世の中だ。うその自白をしてしまう人は、皆、内気で真面目。刑事に怒られたくない、弁護士を困らせたくないと思ってしまう。でも「分からない」では通らないから取り調べの全面可視化しかない。自分みたいに脚を蹴られるかもしれないから、カメラは三六〇度すべてを写すべきだ。(聞き手・鈴木凜平)

 すがや・としかず 1946年10月、栃木県足利市生まれ。同市で90年、4歳の女児が殺害された足利事件の犯人とされ、殺人罪などに問われた。捜査段階で一度は犯行を自白し、一審の公判途中で否認に転じたが、2000年7月に最高裁で無期懲役が確定。再審請求審で、有罪の決め手となったDNA型の不一致が分かり、09年6月に釈放された。10年3月に無罪が確定。

 

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