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静岡連載

平成人<12> サッカーなでしこジャパン 高木 ひかりさん

高木 ひかり(たかぎ・ひかり)さん 24歳 平成5年生まれ

なでしこジャパンに選ばれ光栄ですと話すノジマステラ神奈川相模原の高木ひかり選手=神奈川県相模原市のノジマフットボールパークで(山田英二撮影)

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◆19年W杯 盛り上げたい

 二〇一一年、サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」が女子ワールドカップ(W杯)で初優勝し、日本中を震わせた。一六年になでしこジャパンの一員となった高木ひかり選手(24)=ノジマステラ神奈川相模原所属=は「あの優勝がなければ、今サッカーを続けていなかったかもしれない」と話す。

 三島市加茂で生まれ育った。男子の日韓W杯が開催された〇二年、小学生だった高木選手は、同郷の高原直泰選手(ジュビロ磐田)を応援するために近所の公民館に設けられたパブリックビューイング(PV)で、スクリーンにかじりついた。この時、高原選手は出場を果たせなかったものの、サッカーの魅力に引き込まれ、地元のサッカークラブに入った。当時、クラブの女子選手は自分だけだった。

 特待生として女子サッカー部のある常葉学園橘高(現・常葉大橘高)に、その後は推薦で早稲田大に進学。大学卒業後は、なでしこリーグ一部のノジマステラ神奈川相模原に加わった。とんとん拍子でプロ選手になったようにも見える。しかし、サッカー選手を職業としていけるのか「進学、就職の度に、サッカーを続けようか悩んだ」と明かす。

 そんな高木選手の背中を押したのが、なでしこジャパンのW杯優勝だった。決勝のアメリカ戦。ファウルで退場になってもゴールを防ごうとするDF岩清水梓選手から、ひたむきにボールに向き合う姿勢を学んだ。ここぞというときにフィジカルを発揮するMF澤穂希(ほまれ)選手に憧れた。

 なでしこジャパンのメンバーに選出された時は「うそだと思った」と振り返る。周りから「おめでとう」と連絡が入り実感が湧いてくると「このチャンスを逃さずに頑張らなきゃ」と思い立った。

 日本女子サッカーリーグはW杯で優勝して以降、試合の観戦者が増え、各企業の支援が手厚くなった。高木選手は午前中、所属会社の店舗で働き、午後はサッカーに打ち込むことができる。「仕事とサッカーの両立ができて感謝している」と話す。一方で、最近は一一年の優勝だけが注目されているとも感じる。「競技人数も、リーグがテレビ中継されることも、まだまだ少ないからもっと増えてほしい」

 次の女子W杯は一九年夏。「レベルの高いプレーで再び女子サッカーを盛り上げたい」と意気込む。そのためには、体の大きい海外選手に対抗するために体を張るプレーや、後ろからボールをつなぐパスつなぎが求められる。「男子サッカーのような派手なプレーはないかもしれないけど、チームで一つのゴールを奪いに行くひたむきさを応援してもらえれば」と話す。

取材・松島京太(平成4年生まれ)

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