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静岡連載

追放の先に 海老塚・暴力団和解から30年<下>

◆離脱者支援 社会復帰の壁厚く

暴力団からの離脱について振り返る元組員。左手の小指は離脱時に自ら切り落とした=県東部で

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 漫画雑誌の上に左手を置き、勢いよくなたを振り下ろした。県東部の五十代の元暴力団組員は約二十年前、組を抜けるため、左手の小指を切り落とした。

 地元の先輩に誘われ、十八歳のころから組事務所に入り浸った。借金の取り立て。あいさつ料の徴収。一九九二年の暴力団対策法(暴対法)施行以前は、兄貴に付いてにらみを利かせるだけで、一日十万円を手にしたこともあった。

 十五年に及ぶ組員生活で、覚醒剤に溺れ、三度服役した。人生をやり直すため、組を抜ける決断をした。面目を重んじる世界。筋を通さずに辞めていった組員らを追い掛け回し、法外な脱退金を吹っかけてきた。中途半端な気持ちでは抜けられない。固い決意で、切り落とした指先を組に持って行った。「そんなもんはいらん」と突き返されたが、脱退は認められた。

 しかし−。傷口の痛みも癒えかけた半年後、再び組に近づいてしまう。世間に「居場所」はなく、また覚醒剤を求めてしまった。

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 「再び暴力団に戻るか、知人のつてを頼って就職するのが大半だ」。元組員らに就職先を紹介する県暴追センターの前島圭介事務局次長(46)は言う。就労の適否を判断するセンターの事前面接では、協調性や言動などに問題があるとして、大半が不合格になる。「指導するも、なかなかうまくいかない」と、社会復帰への難しさを口にする。

 八八年二月十九日、浜松市中区の海老塚地区で、住民運動の末に組事務所を追放する全国初の和解が成立し、その影響は全国に及んだ。各地で組事務所が撤去され、法整備も進んだ。

 組員に利益供与した事業者への罰則を設けた二〇一一年の県暴力団排除条例は、資金源を細らせ、「脱暴力団」への流れを決定づけた。県警によると、県内の暴力団構成員数は一六年末で約七百人。条例施行の五年前より約三割減った。

 海老塚訴訟で住民側弁護団の先頭に立った三井義広弁護士(65)は、暴力団の弱体化のためには社会的包囲網を強め、資金源を絶つことに加え、「離脱者への支援が欠かせない」と強調する。

 全国最多の五つの指定暴力団本部がある福岡県では、一六年四月、元組員を雇った企業に年最大七十二万円を支給する制度を開始。トラブルが起きた場合も、受け入れた企業に最大二百万円を補償し、一年半で二十九人の就労につなげた。

 一方で、「まずは、環境の違う場所で社会生活を歩ませることが重要」と語るのは、これまで約八十人の元組員を支援してきた「日本駆け込み寺」(東京都新宿区)の玄秀盛(げんひでもり)代表(61)。「組員には、気が弱いか、自制が利かない者が多い。就労よりも、まずは父親のように、親身に相談を受けることが大事だ」と話す。

 小指を失った元組員は今、拳を握りしめて失った指先を隠し、入れ墨を覆うため、夏でも長袖の服を着て働く。「自分の人生の結果」だと思っている。ただ暴力団排除の流れが進む今、自身の経験を元に「緩やかに、社会生活になじめる場があれば」と願う。

 思い描くのは、共同生活をしながら社会性や協調性を学び、就労準備ができる場だ。「いきなり社会に飛び出しても、世間が言うまっとうな生き方なんて分からない。だってガキのころから、ヤクザの世界しか知らないんだから」

(角野峻也、松島京太)

 

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