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静岡連載

浜松から平昌へ 伊藤亜由子<6> 父 伊藤伸吾さん

◆「悔いなく」それだけ

壮行会後、インタビューに応じる伊藤亜由子選手(中)と父伸吾さん=浜松市中区で

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 四年前、娘に「引退する」と言われた。その数カ月後、今度は「やっぱり続けたい」と言われた。「そりゃ引退はもったいないと思ったし、簡単には復帰できないとも思った。でも亜由子の人生だから、好きにやればいい」。伊藤伸吾さん(60)=浜松市東区=はいつも、長女・亜由子選手(31)の背中を押してきた。

 伸吾さんは小学生の頃にアイスホッケーを始め、高校まで続けた。卒業してからは郵便局で保険の営業をした。

 長男俊輔さん(33)に次いで伊藤選手が生まれると、二人を地元・浜松スポーツセンターのスケート教室に入れた。いつしか妹は兄より夢中になり、中学二年でショートトラックをやり始めた。ただ伸吾さんは、楽しむばかりではいられなかった。「とにかく金が足りなかった」と振り返る。

 週三回、車や新幹線で名古屋へ通った。全国への遠征費用がかさみ、靴や道具も毎年買い替えた。生命保険も解約したが、借金は一時、一千万円になった。

 「保険屋だったのに、保険が満期になったことがない」と笑うが、その後も職を変えながら金を稼ぎ、伊藤選手の夢を応援した。「金がなくて五輪に行けなかった、なんて後悔だけはさせたくなかった」からだ。

 五輪への思いは人一倍強い。今回も伊藤選手が平昌(ピョンチャン)代表入りに向けて正念場を迎えた昨年十月から、気が張っていた。テレビで特集が流れるとチャンネルを変え、家族内でその話が出ると怒った。

 十二月の全日本選手権は家族で応援に駆けつけたが、競技中は廊下に立ち、リンクに背を向けた。正直、怖かった。平昌に行けると思っていなかったし、何より「お父さんが見ていたせいで転んだ」と言われたくなかった。

 五輪のメンバー発表を聞いたのも廊下だった。「人生で一番感動した瞬間だった」。娘の名前を呼ばれて、急いで客席に戻った。自分の苦労より、娘の苦労が報われたことの方がうれしかった。

 本人の目標はあくまでメダルだが、父は語る。「悔いの無い五輪にしてほしい」。最後になるかもしれない、娘の晴れ舞台。願いはそれだけだ。

=おわり

(この連載は、鈴木凜平が担当しました)

 

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