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静岡連載

平成人<5> SNS上で作品を発表する漫画家 つのがいさん

つのがいさん 20代 平成生まれ

SNS上で作品を発表する漫画家つのがいさん(中央奥)。自画像がプロフィール代わりだ=東京都新宿区の手塚プロダクションで(川戸賢一撮影)

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◆手塚治虫から つかんだ

 「漫画の神様」と呼ばれる手塚治虫さんの代表作の一つ「ブラック・ジャック」。漫画家つのがいさんは、そのパロディー漫画を短文投稿サイト「ツイッター」に投稿して話題になり、絵を描き始めて約一年で手塚プロダクション公式作家になった。

 本名や顔、性別は非公開。浜松市出身の二十代とだけ公表して活動する。

 つのがいさんのパロディー漫画は、平成を彩るオタク文化を中心に話が繰り広げられる。話題になったゲーム「ポケモンGO」や「女子会」などが描かれ、登場人物はスマートフォンを使いこなす。二〇一六年のテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で流行した「恋ダンス」を踊る場面も。

 「あり得ない組み合わせだけど、個々のキャラクターらしい表情や動作をしているって言われます」

 漫画やアニメが禁止された家庭で育った。子どもの頃は「名探偵コナン」や「ONE PIECE(ワンピース)」など、平成の大ヒット作にも触れる機会が少なかったという。

 高校卒業後「夢や目標がないから」と、なんとなく地元で塾講師として働き始めた。五年以上務めるも、いわゆる「ブラック企業」と呼ばれる会社で、心身共に摩耗。三百万円近い給料が支払われないまま退職した。「スマホ、車、水。これだけは生きるために必要で手放せなかった」

 その後は運送業の仕分け梱包(こんぽう)工場に勤めた。家と工場を行き来するだけの日々で、時間を持て余していた。

 一芸を持とうと、一五年六月から、手塚さんの絵をまねて描き始めた。自分でも知っていた作品が「ブラック・ジャック」だった。

 周囲に見せる人もなく、試しにノートに描いた絵を毎日ツイッターに投稿。一カ月もすると、知らない人から投稿を評価するボタン「いいね」が押されるようになった。「見られていると分かると楽しくて。登場人物に動きをつけたりストーリーを考えたり。だんだん漫画になっていった」

 ペンを持って五カ月後。以前からファンだった手塚さんの長女るみ子さんから、突然、ツイッターのメッセージ機能を通して「会えないか」という連絡があった。仕事の休憩中に何度も見返しながら、ツイッターの広がりに怖さも感じた。

 しかし、るみ子さんは「父の絵と本当によく似ている!」とつのがいさんの作品を歓迎した。つのがいさんは「お叱りを受けると思いました…。絵を褒めてくださって」と振り返る。

 話は進み、一六年に手塚プロ公式の作家に。翌年にはパロディー漫画が書籍化された。

 きっかけはツイッターだった。なかったら、描き続けていたか分からない。「憧れの人たちとつながり、やりたいことを初めて見つけた」。現在、つのがいさんは東京都に移り住み、漫画家としてオリジナル作品の創作に励んでいる。

取材・大城愛(平成4年生まれ)

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