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静岡連載

平成人<1> サッカー・ジュビロ磐田選手 山本 康裕さん

 平成三十年が始まった。価値観の多様化が進み、物事が目まぐるしく変化する時代に生まれ育った世代が、社会をけん引し始めている。「平成の次」を担う若者たちに、同じ平成生まれの記者が聞いた。

山本 康裕(やまもと・こうすけ)さん 28歳 平成元年生まれ

Jリーグを見て育ち、プロの道に進んだジュビロ磐田の山本康裕選手=磐田市で(川戸賢一撮影)

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◆J草創期 名選手に熱狂

 一九九三年に開幕したサッカーのJリーグ。ジーコやリトバルスキーといった世界に名だたる名選手が国内のピッチで躍動した。ジュビロ磐田の山本康裕選手(28)も、Jリーグを通じ、プロサッカー選手への夢を抱いた一人だ。

 「とにかくゴールを決めていた中山(雅史)さんは、自分にとってヒーロー」。子どもの頃、週末になるとジュビロ戦をテレビで観戦していた山本選手は、画面越しに全身全霊で必死にボールを追うストライカーに憧れた。

 浜松市浜北区出身。小学三〜四年生の時に、野球からサッカーへと転向した。地元のサッカークラブで週三、四回練習を重ねて、すぐに頭角を現し、中学生時代には、地元のジュビロ浜北ジュニアユースに加入した。

 九七年から二〇〇二年までの間に、年間優勝三回を誇るジュビロ黄金期を見て育ってきた。だからこそタイトルへの思いは人一倍強い。「ジュビロは勝って、タイトルを取っていかなければならないチーム」と何度もその思いを口にする。

 日本がワールドカップ(W杯)初出場を果たした九八年のフランスW杯や、自国開催で初の決勝トーナメント進出を果たした〇二年の日韓W杯では、国内がその快挙に沸いた。〇二年には、イングランド代表のベッカム選手のソフトモヒカンの髪形をまねるブームも国内で起こった。

 日韓W杯の時は中学一年生。「日本戦は全部見たはずだけど…」と記憶はおぼろげながら、屈指の好カードとなったブラジル対イングランド戦は覚えている。地元のエコパスタジアムでの試合とあって、父親と二人がかりで電話でチケット予約にチャレンジした。「全くつながらず、駄目でした」と苦笑して振り返る。

 日韓W杯で代表に選ばれたジュビロの元選手、福西崇史さんは憧れの選手の一人。今の背番号の23は、かつて福西さんが背負った番号だ。FWからボランチに転向した境遇を自らと重ね、「好機とみるや、すかさず前線に上がる判断能力にたけ、ボランチでありながら得点力もある、まさに理想的な選手」と話す。

 今季はリーグ最少失点ながら六位に終わったジュビロ。山本選手はシーズン途中に右膝を損傷し、戦列を離れた。「今はポジションにこだわりはない。けがをしっかりと治し、与えられた役割をきちんとこなしたい」と来季の抱負を語った。

取材・角野峻也(平成元年生まれ)

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