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静岡連載

泳心百年 浜名湾游泳協会のあゆみ<下>

◆震災で代替大会開催 緊急事態に団結力

父の写真を見ながら、協会の歴史を振り返る大杉昭信さん=磐田市小中瀬の自宅で(宿谷紀子撮影)

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 「世界選手権の代表選手選考会を浜松でやれないか」。二〇一一年三月下旬、浜名湾游泳(ゆうえい)協会理事長の大杉昭信(66)に、突然の電話が入った。相手は日本水泳連盟から打診を受けた静岡県の水泳関係者。東日本大震災と東京電力福島原発事故により、都内で四月上旬に予定していた選考会が急きょ中止になっていた。代替会場として白羽の矢が立ったのが、日本選手権を開くなど実績のあった浜松市西区の市総合水泳場(トビオ)だった。

 「えっ? いまから間に合うのか」。与えられた時間は三週間足らずしかない。半年ほど前から準備が必要なレベルの大会だ。しかも、同じ日程で、すでに地元の水泳大会が予定されていた。

 迷っているひまはなかった。四十人いる協会の役員に号令をかけ、急ピッチで準備を進めた。予定されていた水泳大会を一週間後にずらすよう調整して、開催にこぎ着けると、期間中は運営の裏方を務めた。普段は学校の水泳部監督やスイミングスクールコーチなどで活動するメンバーが力を合わせた。

 北島康介ら日本のトップスイマーが集った選考会は、無事に三日間の日程を終えた。震災で日本全体が混乱する中、使命を果たした安堵(あんど)が広がった。

急きょ開かれた世界選手権代表選考会。浜名湾游泳協会が運営を支えた=2011年4月、浜松市総合水泳場で

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 協会は、小学生の全国大会「とびうお杯」で毎年千三百人の選手を迎えている。〇九年にはトビオの開館記念として、日本選手権を成功させた。重ねてきた経験が急きょ決まった代表選考会で生きた。大杉は「みんなやるぞと決めたら一致団結できる。やっぱり水泳が好きなんだろうね」と振り返る。

 理事長として協会の実務を取り仕切る大杉は、高校水泳部の監督だった父・信孝の後を追い、水泳の道へ。父もかつて協会の理事長を務めた。長い協会の歴史の中で、親子二代は初めて。息子のやり方に口を出すことはなかったが「しっかりやれよと心の中で応援してくれていた」と感じている。そんな父は、代表選手選考会を見届けた後、一二年に九十歳で亡くなった。

 ことし九月には、協会の創立百周年を記念して、日本学生選手権(インカレ)水泳競技大会を誘致した。郷土の雄、古橋広之進が、日本大時代に数多くの世界記録を打ち立てたゆかりの大会。浜松での開催は協会の悲願だった。

 大杉と同じ〇九年六月に会長に就任し、二人三脚で協会を率いてきた磯部育夫(65)は今、先輩たちが綿々と築いてきた歴史の重みを感じる。「五年後は東京五輪がある。地元から選手を出せるように、協会として手を尽くしていく」。新たな百年に向けて前を向く。

=文中敬称略

(この連載は、宿谷紀子が担当しました)

 

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