トップ > 静岡 > 地域特集 > 名前しんぶん > 記事一覧 > 2018年の記事一覧 > 記事

ここから本文

名前しんぶん

[杉原しんぶん]いざ、戦国城跡へ

写真

◆沼津、三島に北条氏ゆかりの地

 昨年の大河ドラマの影響で県西部や中部では歴史熱が高まっているが、自分が住む東部にも、戦国時代に関東に覇を唱えた北条氏ゆかりの城跡が多くある。来年は、北条氏の祖である北条早雲の死後五百年。“北条イヤー”を一足先取りして、魅力あふれる城跡を巡った。

◆富士望む水軍拠点 長浜城跡(沼津市)

頂上から富士山と駿河湾を一望できる絶景スポットとして密かに人気の長浜城跡=沼津市内浦重須で

写真

 波が穏やかな内浦湾に面する長浜城は一五七九年、現在の沼津市中心部まで勢力を伸ばした武田氏に対抗し、北条水軍の拠点として整備された。水軍の大将梶原景宗が入り、全長二十五〜三十メートルと当時の軍船では最大級の「安宅(あたけ)船」を十隻以上配備していたという。

 長浜城跡の魅力は、何と言っても絶景だ。城跡の入り口から五分ほど登った頂上からは、青々とした駿河湾のバックにそびえる富士山と、緑の山々が一望できる。原田主事も「訪れる人があまり多くないので、美しい富士山をゆっくり見られる貴重なスポット」と太鼓判を押す。

 軍船が集っていた内浦湾は現在、ヨットの係留地として使われており、ヨット好きで知られるタモリさんにも愛されているという。

◆関東進出の足掛かり 興国寺城跡(沼津市)

北条早雲が戦国大名として飛躍する第一歩を刻んだ興国寺城跡。自然風景の中を散策することができる=沼津市根古屋で

写真

 駿河国(現・県中部)を領有する今川氏の武将だった早雲の功績が認められ、一四八八年に与えられたのが興国寺城だ。「国を興す」という縁起のいい名前通り、早雲はこの城を得た三年後、伊豆国(現・県東部)に攻め入って支配。関東進出への足掛かりを築いていく。

 愛鷹(あしたか)山のふもとにある城は軍事上の重要性も高く、沼津市文化振興課の原田雄紀主事(37)は「興国寺城は交通の要。大名ならだれもが手に入れたい城だった」と教えてくれた。

 城のそばを走る県道三島富士線は戦国時代には「根方(ねがた)街道」と呼ばれ、関東と東海を結ぶ主要道だった。さらに城の立地は、北条氏と今川氏、甲斐国(現・山梨県)を拠点とする武田氏の勢力の境目にあったことから、激しい争奪戦が繰り広げられた。

 城跡は観光地として整備されておらず、一帯に広がる草原や山林の中を散策できるのが癒やしポイント。原田主事は「北条氏の本拠地だった神奈川県小田原市とも協力し、早雲旗揚げの城としてアピールしていきたい」と意気込む。

◆天然の要害敵阻む「障子堀」 山中城跡(三島市)

箱根山麓に築かれ、堅い守りを誇った山中城跡。ワッフルのような形の障子堀が特徴的だ=三島市山中新田で

写真

 本拠地の小田原を守る最前線として十六世紀半ばに築かれたのが山中城。標高五八〇メートルの箱根山麓に位置し、南北を急な崖に囲まれた天然の要害だ。城跡の規模も大きく、長い坂が多い敷地内を全て巡るには二時間ほどかかる。

 北条氏特有の築城法として特に目を引くのが独特な形の空堀。底の部分に土の障壁が格子状に張り巡らされた姿から「障子堀」と呼ばれ、攻めてきた敵が堀の中で自由に動けないように阻む狙いがあった。これだけの防御を誇った城だが、一五九〇年の北条征伐では、豊臣秀吉軍の前にわずか半日で落城し、小田原への進攻を許してしまった。

 これまで山中城には、北条氏の凋落(ちょうらく)の象徴のようなイメージを持っていたが、三島市郷土資料館の芦川忠利館長(56)は「秀吉の大坂城にも障子堀が取り入れられており、山中城の守りの堅さを認めた証拠ではないか。北条の日本一の築城術で造られた山中城は、三島市民の誇り」と胸を張る。

◆来年は北条イヤー 東部に注目

 県東部の城跡には、本丸や天守閣といった目立つ遺構は残ってないが、立地や縄張り、景色などから、城がたどってきた歴史を感じることができる。城巡りで、はるかな時代に確かに生きていた兵(つわもの)たちの息づかいに触れられた気がした。

 <北条氏> 戦国大名の先駆けといわれる北条早雲が祖。早雲の本名は諸説あるが「伊勢盛時」(いせもりとき)が有力という。室町幕府の高級役人の家に生まれ、駿河国を治める今川氏の下で活躍。1488年に興国寺城主となったのを機に、伊豆国や相模国(現・神奈川県)へ勢力を伸ばし、大名へと成長していった。

 北条姓を名乗るのは2代氏綱から。鎌倉幕府で権力を握った北条氏の後継となることを意識したと考えられ「後北条氏」とも呼ばれる。3代氏康が関東一帯を支配したが、4代氏政と5代氏直は天下統一を目指す豊臣秀吉と敵対。1590年に総勢20万人以上といわれる豊臣軍の攻撃を受けて滅亡した。

 杉原雄介(すぎはら・ゆうすけ) 東京都出身の27歳。中学生のころから司馬遼太郎の歴史小説やゲーム「信長の野望」シリーズなどに夢中になり、戦国時代への興味を深めた。社会人になってからは愛知、富山、静岡の3県に住み、休日は戦国武将ゆかりのスポット巡りを楽しんでいる。好きな武将は石田三成。

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

中日新聞しずおかの記事はこちら

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索