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74歳、富士登頂2000回 沼津の実川さん最多更新

2000回目の登頂を祝う横断幕を掲げる実川欣伸さん(中)ら=6月23日、富士山頂で(実川さん提供)

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 世界文化遺産に指定されてから六月で五年になった富士山(標高三、七七六メートル)の最多登頂記録を持つ沼津市在住の元会社員実川欣伸(じつかわよしのぶ)さん(74)が、自らの記録を更新し二千回目の登頂を達成した。七〇歳を超えてからは心身の不調に苦しんだが、同二十三日に節目の大記録を樹立。「『ふじさん』の語呂合わせで、次は二千二百三十回を目指す」と、富士山登頂の継続を誓っている。

 「今までで一番きつかった」と語る二千回目の登頂は、六月二十二日午前八時に神奈川県小田原市を歩いて出発し、翌二十三日午後一時に山頂を踏み締めた。

 「八合目で暴風雨にあって諦めかけたが、執念でたどり着いた。悪天候でも登れた達成感は、何にも代えがたい感動」と笑顔で振り返った。下山までの三十八時間を不眠不休で歩き続けることもできたといい、「体の調子は問題ない。体力もまだまだ通用する」と自信を深めた。

 中学二年の時から趣味で登山を楽しんでいる実川さんだが、富士山初登頂は四十二歳と遅かった。「日本人なら一度は行きたい」と家族五人で登り、霊峰の美しさに魅了された。「ずっと下に雲海が広がる光景を見た時は、神様になったようだった」と初登頂の感動を振り返る。

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 その後は年十回ほどのペースで登頂。「自分の限界を試したい」と、東京駅や下田市の海岸から不眠不休で富士山頂まで歩き続けたこともあった。二〇〇八年に仕事を退職してからは回数にこだわり、一日に二回登頂することも。この年は二百四十八回登頂し、一三年まで六年連続で年間二百回を超えた。

 登山者の荷物を運ぶ強力(ごうりき)の梶房吉さん(一九〇〇〜六七年、御殿場市)が持っていた最多登頂記録の千六百七十二回を抜いたのは一四年七月。そのころから、心身の不調に悩まされる。

 原因の一つは、三度失敗した世界最高峰のエベレスト(八、八四八メートル)登頂だ。一四年は雪崩、一五年は地震に遭って断念。一六年には南峰(八、七四九メートル)まで登ったが、凍傷で左手の指三本の第一関節から先を失った。「精神的にダメージが大きく、富士登頂への闘争心も薄れかけた」と話す。

 さらに昨年は左膝の故障も重なり、富士山登頂は六十一回にとどまった。七十代ながら「前人未到の二千回は何としても成し遂げないといけない」と現役続行を決意し、挑み続けた。

 前人未到の記録達成に、周囲からは「三千七百七十六回を目指して」などと期待も高まっているという。実川さんは「死ぬまで登山を続け、富士山以外の日本の素晴らしい山を登り尽くしたい。来年はエベレストにも再挑戦できれば」と意欲を燃やす。

◆山開き、静岡側は10日 無理ない登山を

 富士山は一日、山梨県側が山開きする。静岡県側の山開きは十日で、本格的な登山シーズンを迎える。両県側とも開山期間は九月十日まで。

 環境省と両県は、開山期間以外の登山は遭難の危険性が高まるとして、万全な準備をしない登山の禁止や登山計画書の提出などをルールとして定めている。

 開山期間中も、十分な休息を取らずに夜通しで富士山を登る「弾丸登山」について、両県は登山者に自粛を呼び掛けている。

(杉原雄介)

 

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