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中日レディーズサロン

第191回 浜松出身の講談師 田辺 一邑さん 「講談で知る浜松ゆかりの人物〜井伊直虎をめぐる人々〜」

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 第百九十一回中日レディーズサロン(中日新聞東海本社主催)が一月二十七日、浜松市中区のホテルコンコルド浜松で開かれ、講談師の田辺一邑さんが「講談で知る浜松ゆかりの人物〜井伊直虎をめぐる人々〜」と題して講演した。

 井伊家当主、直盛は一人娘のとわを幼なじみだった亀之丞のいいなずけにした。その年の暮れ、亀之丞の父井伊直満は今川義元に駿府(すんぷ)に呼び出され、陣刀が刺さってこの世を去る。亀之丞は今の長野県に逃れ、消息が途絶えた。

 瞬く間に十年の歳月が流れます。直盛夫婦には姫が一人だけ。今川からは、これ幸いと、自分の思い通りになりそうな婿を押し付けてくる。ある日のこと。とわは「出家するしか道はない−」と龍潭寺の南渓和尚に相談する。父母の大反対を押し切って出家し、次郎法師と名乗ることになった。

 ところが、亀之丞が井伊谷(いいのや)に帰ってきた。姫は出家の身。こうして、二人の淡い恋ははかなくも終わってしまいました。

 亀之丞は親戚から嫁をもらい、直盛の養子、次郎法師の義理の兄となり、直親(なおちか)と名乗るようになった。虎松という男の子が生まれ、これで井伊家は安泰だと思った。そんな折に起こったのが桶狭間の合戦。直盛が戦死し、後を継いだのが直親であります。これで安泰と思った直後、直親も殺される。

 残された虎松はまだ二つ。今川から命を狙われている。ここで、七十を過ぎていた直親の祖父直平が当主に返り咲くが、これも翌年死んでしまった。次郎法師は南渓和尚に「井伊家の当主になれ」と言われ、女あるじ直虎となる。この時、まだ二十代半ばだった。

 当主となった直虎。父親譲りの手腕で領内を治め、今川からの無理難題に対応し、虎松の教育に心を尽くす。またまたその矢先。今川の使者が、城を明け渡し、虎松を引き渡せ−と。南渓和尚が虎松を三河の鳳来寺へ逃がして何とか事なきを得た。

 城を追われた直虎は、龍潭寺へ。入れ替わるように遠江に入ってきたのが徳川家康。引馬城を浜松城と改め、拠点として天下取りの道へ乗り出していく。そんな矢先に起きたのが三方ケ原の戦い。武田信玄にこてんぱんにやられてしまう。

 三方ケ原の戦いが過ぎ、虎松がいよいよ井伊谷に帰ってきた。翌年、タカ狩りの家康を待って、虎松を目通りさせた。虎松は小姓として家康に仕えることに。名前を万千代と名乗る。

 直虎をめぐる周りの人たちの活躍にも目が離せない大河ドラマ。この後は、ドラマで楽しんで。

たなべ・いちゆう 1961年浜松市生まれ。浜松北高、横浜市立大を卒業後、民間企業に勤務。97年、講談師の田辺一鶴に入門し、2009年4月に真打ち昇進。古典のほか、郷土の偉人を題材にした講談も好評。浜松市やらまいか大使も務める。13年1月から半年間、中日新聞の夕刊コラム「紙つぶて」を担当。

 

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