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中日レディーズサロン

第160回 脚本・小説家 山田太一さん 「いま生きているということ」

「いま生きているということ」をテーマに講演する山田太一さん=浜松市のホテルコンコルド浜松で

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 第160回中日レディーズサロン(中日新聞東海本社主催)は9月8日、脚本・小説家の山田太一さん(77)を迎え、浜松市中区のホテルコンコルド浜松で開かれた。テーマは「いま生きているということ」。東日本大震災の津波や地震に人間は無力と気付いたが、弱さの中から他人を思いやり、寛容の心を育ませていくことが大事と語った。

 20代のころ、浜松出身の木下恵介監督の助監督を務め、木下監督の葬儀では弔辞を読んだ。「二十四の瞳」「野菊の墓」などを例に、「監督は弱く不器用な人ほど美しく描き、好きな人にストレートに好きといえない不思議な作品を作られた」と紹介。晩年は批評家から時代遅れといわれ、「監督自身、寂しさや孤独感を感じていた」という。

 ところが震災後は、木下作品の見方が変わってきた。「津波や地震などむき出しの現実に直面し、人間が弱いということに気付いたから」。人間社会は時代ごとにいろいろな制約があり、その中で感受性や考え方を変化させる。「人生は生きていく悲しみを踏まえて考えるべきだ」と指摘した。さらに、努力すれば何でもかなうと思うのは成功者の言葉で「一人一人に可能性はあるが、頑張っても限界はある」と述べ、年齢を重ねながら鍛えるべきだと説いた。

 以前、木下監督に一緒に会ってほしいという映画監督の誘いがあった。同行すると雑談ばかりでがっかりしたが1カ月後に末期がんで死亡した。「彼はリアルな現実を抱え、別れを告げにきたのに察することができなかった」と紹介。「寛容の目を意識的に持たないといけない」と呼び掛けた。

 人間は猶予の期間に絵を描いたり、映画作りなど文化を育む。自然災害や戦争の混乱期には「助け合って生きていくしかないが、圧倒されてばかりではいけない。それ以外の時にリアリズム以外の幻想を作っていくべきだ」と締めくくった。

やまだ・たいち 1934年東京・浅草生まれ。早稲田大教育学部国語国文科を卒業後、松竹映画会社大船撮影所助監督部に就職し、主に木下恵介監督の下で技術を磨く。30歳で退社し、テレビドラマの脚本を中心に小説や戯曲、映画のシナリオなど書き続けている。テレビ「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎たち」、映画「少年時代」のほか、小説では「異人たちとの夏」など。

 

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