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東海本社 中日懇話会

第397回 スポーツ評論家 玉木 正之氏 「2020年東京オリンピック・パラリンピックで日本はどう変わるのか? 1964年東京五輪とはどう違うのか?」

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 第三百九十七回中日懇話会が四月二十二日、浜松市中区のホテルコンコルド浜松で開かれた。テレビなどでもおなじみのスポーツ評論家、玉木正之さんが「2020年東京オリンピック・パラリンピックで日本はどう変わるのか? 1964年東京五輪とはどう違うのか?」の題で講演した。

 京都のわが家は電器店で、カラーテレビがあったので、一九六四年の東京五輪開会式の時は町内中の人が集まった。大人たちは皆、笑いながら泣いていた。その十九年前には、父は中国で銃を持っていた。だから世界中の人たちが日本に集まったこと、それだけで感激だった。

 その後、二十歳でスポーツライターになったが、三十五歳の時に出合った「オフサイドはなぜ反則か」という本にショックを受けた。オフサイドという反則は知っていたが、なぜ反則なのかと聞かれても分からない。自分がいかにスポーツのことを知らないか思い知った。

 そもそもスポーツとは何か。その言葉が文明開化とともに入ってきたとき、日本にはその概念がなかった。語源であるラテン語の「デポルターレ」の意味に似ているのは「レジャー」。ただ、近代の軍隊をつくるためにスポーツを取り入れるとき、「遊び」とは訳せないので「運動」「体育」と言った。それがずっと残って、東京五輪の後、体育の日ができた。

 時代は高度経済成長期で、体育会系のモーレツ社員が活躍し、体育という言葉がどんどん広がっていく。でも、高度経済成長が終わり、同時に五輪のメダルも減っていった。先輩と後輩、指導者と選手という、体育会系の上下関係も壊れていった。

 そんな時に、おもしろい指導者たちが出てきた。体力をつけるという目的のためだけでなく、作戦を自分で考え、スポーツマンシップも身に付ける。体育だけでなく、知育、徳育も含めたスポーツ。それが、水泳の北島康介選手や、体操の内村航平選手を生んだ。

 体育は人に言われてやる。スポーツはやりたい人がやる。二〇二〇年の東京五輪は、日本の体育がスポーツに変わる、そのきっかけになる。ドイツのローマ五輪ボート競技金メダリストで、哲学者のハンス・レンクは、五輪の標語「より速く」「より高く」「より強く」に、「より美しく」「より人間らしく」を加えた。人間ができる事を再発見するのがスポーツ。それを目の当たりにできるのが、二〇二〇年の東京五輪だと思う。

 たまき・まさゆき 1952年、京都市生まれ。東京大教養学部に入学し、3年で中退。在学中から東京新聞(中日新聞東京本社発行)で執筆活動を始めた。スポーツ以外に音楽、映画評論も手掛ける。現在、静岡文化芸術大、石巻専修大の客員教授、立教大大学院、筑波大大学院の非常勤講師を務める。主な著書に「スポーツ解体新書」「スポーツとは何か」などがある。

 

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