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静岡経済 特集

やらまいか ヒット商品の作り方<4> 規格超えて海外へ 

◆スズキ 「『ガラ軽』世界が求める」

 インドの大都市、デリー市内。渋滞する片側二車線の道路は、荷物をいっぱいに積んだ大型トラックやスクーターでごった返す。そんな中をスズキの「ワゴンR」が車体を揺らし、脇を軽快に抜けていく。

 ワゴンRの海外展開を担当する第一カーライン・アシスタントチーフエンジニアの鈴木猛介(たけゆき)さん(40)は、こんな光景を見るたび確信する。「小さくてすいすい走る軽自動車は世界で求められている」

 排気量六六〇cc以下、全長三・四メートル以下、全幅一・四八メートル以下、全高二メートル以下。日本だけの独自規格の軽自動車は、海外では通用しない「ガラ軽」ともやゆされる。ガラパゴス諸島で独自進化した生物にちなみ、世界標準とは違う発展をした日本の携帯電話(「ガラケー」)に例えている。

 しかしスズキが海外で販売する車の約五割は、軽を基に開発した小型車だ。45%とトップシェアを占めるインドでも、スズキ車の半数の約六十万台になる。

 インドで子会社が生産するワゴンRは、日本の軽に見慣れた目だと、ちょっと違った印象だ。「鼻が伸びて彫りの深い外国人顔」に見える。排気量一〇〇〇ccと大きなエンジンを搭載し、全長を前に二十センチ伸ばしてある。

 これは現地での使用環境が日本と違うため。高低差のある山岳地帯では坂を上る力が求められる。核家族化が進む日本と異なり、大勢の人を乗せる場面やエアコンを使う頻度も多い。

 「その国の使用状況や調達できる材料、現地工場の技術力に応じて調整する。ただ基本の設計は、日本の軽とほとんど同じ」と鈴木さんは説明する。

 スズキがインドに進出したのは一九八三(昭和五十八)年だった。政府の小型国民車構想に応じる形で、現地子会社が軽「アルト」をベースにした「マルチ800」の生産を始めた。当時のインドは輸入が制限されていて、現地メーカーがライセンス生産した旧型の大きな欧州車が中心。マルチ800は小型で品質が高く、価格が安い「庶民の足」として受け入れられた。

 「資源のない日本で芽生えた軽は、新興国で歓迎された。これなら資源のないうちでも造れそうだと共感を呼んだ」。鈴木修会長は、軽がインドで受け入れられた理由を語る。限られた寸法の中で知恵を絞り、より軽い車体、より広い車内空間を追求してきた軽は「一定の枠の中に創意工夫を詰め込む芸術品だ」と自負する。

 インドネシアやパキスタンでワゴンRの生産移管も手掛けた鈴木猛介さんは、夢を膨らます。「知らない人が『ガラ軽』と言っている間に、世界のあちこちに軽を走らせたい」

(矢野修平)

 

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